食料とエネルギーと

 

 食料とエネルギーについて、気になることがある。石油や原子力に変わる新しいエネルギー源として、とうもろこしなどの食物から生産するエタノールを使うものだ。

 昨日、「ガイアの夜明け」で、農家が高値のトウモロコシの作付け面積を増やすために大豆を確保できなくなる豆腐会社の苦闘と、そういう逆境のなかで豆腐の新製品をつくり出して成功する企業を取り上げるというヒューマンタッチな視点でこの問題が紹介されていたが、エタノール燃料の影響の及ぶ範囲は、テレビで紹介されていた程度のことではないだろうと思う。

 植物からつくるエネルギーということで「環境に優しい」ことがキャッチフレーズになり、アメリカのブッシュ大統領は、新エネルギー政策として優遇税制や政府補助金で全面的にバックアップしている。

 そのため、トウモロコシが異常な高値になり、農家がトウモロコシの作付け面積を広げ、大豆など他の作物の供給に深刻な影響を与えるとともに、トウモロコシを餌とする食用肉などの価格も高騰している。

 「環境に優しい」と言いながら、トウモロコシからエタノールを生産する過程において莫大なエネルギーを使う。エタノール生産のために必要なエネルギーと、エタノールが生み出すエネルギーの差を見比べてメリットがあるという理由で、この政策が推進されているが、実際には、作れば作るほどエネルギーが損失しているとも言われる。

 また、エタノールはその化学的性質からタンクローリで運搬しなければならず、アメリカ中央で生産されたエタノール東海岸や西海岸に移送することで、莫大なエネルギーが失われていることが勘案されていない。

 そうしたエネルギー面での損得の問題以上に、食料をエネルギーにするという発想じたいに、空恐ろしいものを感じる。人間の食べるものが減少することもあるが、食料は生きた作物として地球の循環系のなかに位置しているから、地中の化石燃料を使用すること以上に環境への影響が大きい予感がするのだ。

 トウモロコシは、その生産のために多量の水を必要とすると言われる。また、食料用であれば量の拡大はすぐに価格の暴落につながるために生産の一極化は進みにくいが、エネルギー用で政府の補助金もつけば、その歯止めがなくなる。自然界というのは、多様性を整えることで急激な環境変化の際に様々なカードを切って対応できるメカニズムを備えているが、モノゴトの一極化や同質性が強まると、悪い方向に流れ出した時のフィードバックが働きにくくなる。

 さらに、遺伝子組み替え食品に対して、食料用であれば人体への影響を気にして購入を躊躇する人がいても、エネルギー用となれば気にしなくなる。だから生産者も気にすることなく、遺伝子組み替えトウモロコシを大量生産する。

 しかも、その生産場所がアメリカにとどまらず、世界各国に広がっていく。とりわけ、開発途上国の場合、手軽に現金化できるということで、それぞれの風土に根付いた食物の生産を止め、除草剤への耐性をつけた遺伝子組み替え食品の種子をアメリカから購入し、農薬などを安易に使いながら大量生産を続けるという悪循環に陥ってしまう可能性がある。(口に入れない作物だからという理由で農薬の害など考慮しなくなると、周辺の環境が大きく損なわれる。)

 遺伝子組み替え種子販売会社は、自家採種禁止、種子の保存禁止という契約や、種子そのものから世代交代機能を奪うという方法で、毎年、農家に種子の購入を義務づけ、農家を支配していく。さらに、農薬もセットにして販売し続ける。遺伝子組み替え種を使い、適当に農薬を散布していれば生産できるという安直さを身につけてしまうと、昔のように手塩にかけて作物を作ることが難しくなり、知らず知らず、アメリカの戦略のなかに押し込められ、搾取し続けられることになる。

 CO2の排出量において、たった一ヶ国で世界の1/4を占めるアメリカは、地球温暖化ガス排出を規制していく京都議定書に参加しない。大量のエネルギーを使い続けるという自分たちの生活はしっかりと守った上で、「環境に優しい」という耳障りのよい言葉を使い、自らにメリットのあるエネルギー政策で世界を支配しようとしている。

 アメリカの農家は、ここ数年、作物の高騰で大変潤っているらしい。彼らは価格の値動きを見て出荷をする。食べる作物でないから、味のことを無視して長期保存を行い、出荷調整ができる。

 バイオ企業も当然ながら潤っている。さらに、ハイブリッド戦略で日本に遅れをとったアメリカの自動車メーカーが、省エネ対応の中心戦略をエタノール利用に置いて、それに対応したエンジンを生産しており、アメリカ政府の新エネルギー政策は、その追い風になる。

 こうして見てみると、アメリカの新エネルギー政策は、「環境」ではなく、「エコノミー」の問題であるとわかる。

 人が生きていく上で、エコノミーを抜きにすることはできない。

 しかし、アメリカの「エコノミー主義」は、場所を選ばす、ブルドーザーで山を切り崩して、空中からヘリコプターで農薬を散布し、味方の犠牲を少なくするという大義名分でクラスター爆弾など広範囲に及ぶ無差別殺傷を正当化する横暴さと大雑把さで進められるところが恐ろしい。そして、ただ大胆なだけでなく、自己の利益を守るためには、特許戦略とか、グローバルスタンダードやディファクトスタンダードのような、先行者である自分に優位な堅牢で隙のないシステム作りなど、恐ろしく緻密で狡猾な罠を仕掛ける。

 そうした「エコノミー主義」によって、世界が、アメリカを支える規格品農場や規格品工場や規格品購入市場になっていく。その、のっぺりと平面的で単調で機微がない見た目の世界。目に見えないところでは、賢しらで、疑いと陰謀に満ちていて、それをゲームのような達成感で押し進めていく世界。

 敬意とか配慮とか畏れと恭しさとか慈しみといった微妙な心情の殺ぎ落とされた世界を世界標準にしようとする企みは、耳障りの良いキャッチコピーや、見た目の華やかさでショービジネスのようにカムフラージュされる。

 現在のメディアの多くは、そうした傾向に安易に便乗することが多く、安直な評価付けや、持ち上げ方や非難の仕方などによって、人々から、物を見る力や、考えて判断する力を奪っているように思われる。

 そのようにして、自らが思考する目を奪われ、「時流」という名の企てに盲目的に足並みを揃えて乗っていくことは、あまりにも不吉だ。



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