この大地に命与えられし者たちへ

 神保町の三省堂でA5サイズという非常に小さな写真集の表紙が気になったので、手にとった。桃井和馬さんの『この大地に命与えられし者たちへ』だ。

 桃井さんのことは、紛争地帯などのフォトジャーナリストとして、これまで認識していたのだが、その小さな写真集をパラパラとめくると、9.11テロの1年後のグラウンド・ゼロの写真から始まり、ナミビア砂漠とかギアナ高地などの広大な自然風景が続き、さらに、アンコールワットなどの遺跡から、世界の紛争地のドキュメント写真が数多く入り、日々の生活を慎ましく生きる人、蜘蛛の巣など昆虫の営みなどが続く。

 その展開は、私が「風の旅人」の創刊の頃から意識していた眼差しと非常に近いものがあると直観した。それで、引き続き文章を読んでいった。

 桃井さんは、この眼差しの旅を、9.11の一年後のグラウンド・ゼロから始めたと書く。人類は新しい時代に突入してしまったという思いを強く抱きながら・・。

 実は、私が「風の旅人」の創刊準備を始めたのも、9.11からちょうど一年後の2002年9月中旬であり、敬愛する日野啓三さんが亡くなる一ヶ月前で、日野さんの遺著となった「ユーラシアの風景」を完成させて、日野さんの家に持っていってからだ。

 つまり、同じ時に、桃井さんは旅に出て、私は、「風の旅人」の創刊準備を始めた。

 桃井さんは、この小さな写真集の最後に、このように書く。

 「一日を愛し、一年を憂い、千年に想いを馳せる」。

 「およそ五百年前、アフリカの森を抜け出した猿が視界の開けたサバンナで、二本足で立ち歩き始めた。「人類」誕生の瞬間だった。その後「人類」は道具を使い社会を築き、やがて「知恵を持つ人」という意味の「ホモ・サピエンス」に至った。

 では現人類は知恵を何のために使っているのか?

 混乱する世界、破壊される地球の姿を見続け、今こそ、三つの異なる視点が必要だと感じる。

 家族や地域と共に歩む一日の視点 社会や世界に目を向ける一年の視点 そして地球に住むすべての命 それだけでなく川や海。風や大地を想う千年の視点だ。

 この三つの視点を獲得した時 それが本物のホモ・サピエンスに人間がなれる時なのだろう。」

 この文章を読んで、さらに共感の度合いは高まった。

 私は、日野啓三さんがクモ膜下出血で倒れて慶応病院に入院している時、枕元で、「日常の細部」と、「歴史の大局観」と、「社会と時代のなかの現実バランス」に即した仕事をしなければならないし、それができる筈だと言われた。

 私が、「風の旅人」を制作するうえで意識している視点は、桃井さんとほとんど同じなのだが、「数日」と「数年」と「数千年」と「数億年」をつなぐものだ。

 一人一人の日常の機微を大切にする「数日」の視点。激動していく社会や世界を自分ごととして引き受ける「数年」の視点。そして、現在社会に流れ込んでいる人類文明全ての叡智に思いを馳せる「数千年」の視点。さらに、地球に住む全ての命から宇宙へと連なる「数億年」の視点。すなわち、「日常」と「社会」と「文明」と「地球」と「宇宙」と自分の関わりを意識できる<眼差し>を、ビジュアルと言葉で織り込んでいくこと。

 それぞれを<説明>したり<頭で理解>するのではなく、その<眼差し>を獲得することが大事だと私は思っている。

 日常と社会と人類文明と生命・宇宙に向けた<眼差し>は、現代社会においてはバラバラに分断されている。

 私は、この視点を新たに獲得することが大事だと思っているのではない。私は、この4つをつなぐ視点は、人類誕生の時に既に獲得していたものだと思っている。この4つの視点を獲得した時に人類は他の生物と別れて人類になったのだと私は思っていて、その思いをもとに、「風の旅人」を26号まで作り続けている。

 「神話」というのは、単なる昔話ではない。アボリジニでもアメリカ先住民でも、彼らが大切に伝えてきた神話には、宇宙や歴史や社会や生活の知恵が織り込まれていて、それがそのまま、一日一日を生きるうえでの拠り所になっていた。神話を通じて、数日、数年、数千年、数億年をつなぐ眼差しが受け渡されてきた。

 この4つの視点が分断されたのは、そんなに昔のことではない。ある時、モノゴトを分断し、分析し、整理することが立派なことと考えられるようになって、そうしたことが得意な人たちが人間社会において発言力を強め、そういう人たちの分断と分析と整理が世の中にどんどんと広まり、それ以外の考えが「遅れている」などと見下されるようになって、4つの視点は、分断され、バラバラになってしまった。一人一人は、生活のために「数日」の視点は大事にするが、「数年」とか「数千年」とか「数億年」の視点は、それぞれ別々の専門家に任せればいいということになってしまった。

 かつて備えていた視点を再び統合して獲得すること。それが、「知恵を持つ人」という意味のホモ・サピエンスに、再び戻ることだろうと私は思う。 

 現在の人間は、「ホモ・サピエンス」のつもりだけど、ホモ・サピエンス以外の生物か、コンピューターや機械程度の存在であるのかもしれない。 

 

 桃井さんは、私と同じ1962年生まれだ。

 生まれ育った時代というものが、「眼差し」に与える影響を与える。

 私の世代は、反体制運動が盛んな時代から、急速に、「個人」に視点が移っていった時代に、青少年時代を過ごした。そのなかで、自分たちの主義主張を強要したりモノゴトを破壊する反体制運動の不自由さや胡散臭さを感じ、といって、日々届けられる世界の情報に知らん顔をしながら「個人」の生活に埋没できず、第三の道のようなものを手探りしていた人も多くいただろう。桃井さんは、おそらくそういう人だったのだと思う。

 彼は、一人の行動と眼差しで、私たちが生きている「今」を、地球レベルで眺めわたしながら、9.11以降の人類にとって必要な眼差しを獲得しようと足掻いてきた。

 『この大地に命与えられし者たちへ』で示されるような時間を空間をつなぐ、広大でいながらも繊細な視点は、一人の行動と直観と思考と技術で成り立っている一冊の写真集として、今までなかったものだと思う。

 「風の旅人」は、Vol.27(8/1発行)の巻頭で、9.11テロで瓦礫の山となったグラウンド・ゼロの、その後を掲載する。

 その次のVol.28(10/1発行)から、桃井さんと、「風の旅人」の誌面でセッションをしていくつもりだ。 

 桃井和馬さん ホームページ→ http://www.e-mb1.com/momoi/

◎「風の旅人」のオンラインショップを開設しました。定期購読、バックナンバー、最新号の購入が、コンビニ支払いでできます。「ユーラシアの風景」(日野啓三著)も購入可能です。

19号(2006年4月号)迄のバックナンバーは、2冊で1200円です。19冊で、11,400円です。また、現在、オンラインで定期購読をお申し込みいただくと、お好きなバックナンバーを1冊、差し上げます。

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