いのちの文(あや)

Image1_2

 京都にいると、目に見えない交差点の中に自分がいるだという気がしてくる。色々なシンクロが起こり、自分の無意識の中にあったものが、一挙に具体的な形となって表出する。

 昨日、ここ数ヶ月ほど考えていたことをまとめて、風の旅人の次号(第49号)の企画書を作り上げた。
 その文章の冒頭が以下に示す内容で、「天地の眼? いのちの文(あや)」というものだが、今朝の京都新聞の「天眼」という連載特集で、大谷大学教授の鷲田清一さんが「織と文」という内容の文章を寄せていた。今年、京都賞を受賞した志村ふくみさんの言葉を引用しながら、「品位というのは自然にこそあり、それを植物から学ぶのが草木染めというわざであろう。自然にわれわれが秩序を与えるのだという「設計」の思想を超えることがいま私たちに求められているのだと思う。そのことを志村さんは「物を創ることは清めることだ」と書いている。」と結んでいる。
 鷲田さんが書かれている文章の内容が、昨日、私が書いた企画書と非常にシンクロしているので、驚いた。
 鷲田さんは、この文章のなかで、「草木染めや焼き物の窯変がそうだし、子育てもそうだが、思いどおりにならないところにこそ大切なものが立ち現われる。」と書く。作るのではなく、戴くという受け止め方が大事であると。
 志村さんも、「自然界の変幻極まりない仕組みの中には、一定のリズムや周期がめぐってきて、われわれにほんの一滴のしずくをしたたらせてくれるのです。それを受けとめる態勢がこちら側に整ったとき、はじめて色が生まれるのです」と書いている。
 先月、高野山の友人の陶芸家の窯焼きに立ち会った時、火の力は、まさに自然の根元の力だと感じ、火の作用によって生み出される窯変と、それに対して人間がどのように関わっていくべきなのかを身をもって知らされたのだが、風の旅人という雑誌も、10年前からずっと、自分が作るというより、ただ媒介者として作らされているというか、作らせていただいているという感覚が強かった。
 風の旅人という場を通じて紹介される言葉や写真は、それらに触れることができただけでも、今日まで自分が生きてきた意味があったのではないかと感じるほどの力が満ちていて、その力によって自分の人生を下支えされているように感じる。
 その力というのは、自己を激しく主張する類の力ではなく、素晴らしい草木染めや陶芸の窯変のように、何ものかの媒介者として、秘められた文(あや)を引き出す力だ。本当の意味で人間性への信頼というのは、気の弱さの裏返しの勇ましい言葉で武装した虚の指導力ではなく、慎ましく謙虚な媒介者として、自分を超えた力を引き出す力にこそ見いだせるような気がする。
 昨年、志村ふくみさんをインタビューさせていただいた時も、その後、何度かお会いしてお話させていただいた時も感じたことだが、自分を超えた力を引き出す力というのは、自分を限りなく無化していく慎ましさによって初めて生じるものだという気がする。
 今年の京都賞の授賞式の時も、志村さんは、「なぜ私がこんな大きな賞をいただいて、世界的に立派な仕事を成された科学者と一緒に、この場所に立っているのか信じられない」と言いながら、でもきっと自分に役割があってそうなっているのだと自分に言い聞かせていると延べ、そのうえで、今という時代に何が大事なのかを熱く語っていた。憑依したように、美しく響く声で時間を忘れて語っていた姿が印象的だったが、もはやそれは、草木染めとか織物というジャンルの話ではなかった。

 志村さんの言葉も、鷲田さんの言葉も、使う言葉は違っても、根本のところで共通している。
 鷲田さんが、今朝の新聞の「織と文」というエッセイの中で書いていたように、戴くのではなく、(技術で)”作れる”という自意識が、世界を歪める。その自意識が、世界を技術で操作すること、そして、思いどおりにできることを人間の自由ととらえる発想につながる。
 現代の教育は、われわれにとって都合のいいものを作り、都合のいいように操作し、都合のいいもの(状態)を手に入れることを進化ととらえ、その準備として行なわれているようなところがある。
 現代の様々な危機を乗りこえるための智慧は、そうした教育ではなく、謙虚な学びによって、そして戴くという発想によってもたらされるのではないか。自分を超えたものの声に耳をすませ、眼を配り、意識を集中させ、手をのばせばすっと後ずさりしていくような大切なものを見失わないようにして、焦らず、周期のめぐりをとらえ、一滴のしずくを受けとめるように戴くこと。そのうえで、糸を紡ぎ、染め、アヤを織りなしていくように営んでいくこと。
 こうして書いていることが、様々なシンクロを重ねていくと、実に誠のこととして実感できる。世界は、そのようにできているのだと。

 以下が、今朝の鷲田さんのエッセイとシンクロする次号の風の旅人の企画書の冒頭の言葉。

 ・・・・・・・

 風の旅人 復刊第5号(第49号)は、大テーマを「天地の眼」として、その第1回目を「いのちの文(あや)」で制作を行ないます。
 「天地の眼」というテーマ設定は、21世紀のこの地上の現実を、少し俯瞰して眺めるとどう写るのかという視点で考えてみようということです。
 20世紀という時代は、改めて申し上げるまでもなく、歴史上、極めて特異な100年でした。たった100年で、これまで人類が少しずつ適応してきた地球環境を、急激に危機的な状況へと追い込みました。森林破壊による砂漠化、絶滅危惧種の増大、海洋汚染、化石燃料の枯渇、そして膨大な数の原子爆弾や、原発事故、放射性廃棄物の蓄積。
 これらは全て人類の傲慢を反映していますが、人類は、この状況を生物進化の頂点のように捉え、この状況を生み出した価値観や思考特性を疑っていません。そして、現在の様々な問題を解決する手段もまた、現在の価値観や思考特性の延長線上に見いだそうとしています。
 現在の価値観や思考特性というものを端的に言うと、自己を中心とした分別で、他者(自然も含む)を価値評価する視点に基づいていると言えるのではないでしょうか。万物の尺度を人間(自分)に置くという傲慢さを、客観的分析とか技術発展などという言葉で無意識のうちに正当化してしまっていることが、現代人の特徴であるようにも思います。

 意識というものは、個の中に閉じていると考えるのが現代人においては普通です。ですから生と死の意識も、個人の中で完結してしまいます。
 ”いのち”というものが個を超えて繋がっていると宗教的な立場から説明をされても、現実的な感覚では、なかなか実感できていない人がほとんどです。
 農業、漁業、林業など自然の営みに即して生活をしている人は、いのちの全体像を常にどこかで意識しているかもしれません。しかし、食物や暮らしの必需品をスーパーマーケットで入手する多くの人は、人間が作り出した製造や流通システムにおいて、衛生状態や不良品の見極め、時間の厳守など、きっちりと管理されているかどうかの方を気にかけます。そして何かしらの不備があれば、交換を求める権利と、交換する義務があります。そういう権利と義務が前提で、今日の人間社会は成り立っていますが、その権利や義務の膨大な寄せ集めが、現在の地球上に現われている様々な深刻な問題につながっているとは、ほとんどの人は意識していません。安全保障をめぐる議論も、権利と義務の話が中心なのですが・・。
 こうした思考特性や価値観は、簡単に変えられるものではありませんし、急激に変えることもまた混乱の原因です。しかしながら、私たちの価値観や思考特性が、この時代社会に特有なものであるという冷静な視点を残しておかなければ、この時代社会の矛盾が積み重なり、行き詰まった時に、パニックに陥ってしまいます。
 パニックに陥らない為には、この100年という限定された時代の価値観ではなく、悠久の時を超えて変わらない価値観も私たちの中を流れているのではないかという、心の”間合い”や、”遊び”が必要です。
 生まれてから死ぬまで、時代の価値基軸の中で一度も逆境に陥ることなくすませられる人などほとんどおらず、少なくとも死の間際には、時代の価値基軸に限定されない生と死の根本的な意味に直面させられるわけですから、常日頃から時代を超えた価値基軸に思いを馳せることは、いざという時のための心の備えでもあります。
  
 このたびのテーマ、「いのちの文(あや)」の「文」は、もともとは「×」という印で、聖なる場所や聖なる動物に刻まれた印。これを直接、人に形どることが中国では文身(いれずみ)になる。×は、ヨーロッパに至ると、立ち上がって「+」、すなわち十字となる。また、「×」はぐるぐると回転して、インドでは「卍」になる。
 日本の文も、そこから派生してきたもので、文化も文明も、文の所産。「文」はそれ自体が。”アヤシ”という霊性を持ったものであると、松岡正剛さんが説明されていますが、とても興味深い話です。

 いのちの働きや展開は、まさに”アヤ”そのものです。
 いのちの働きは、食べるものと食べられるものの関係を無限に続けながら、一つの死の上に別の生が乗っかかる形で展開していきます。
 全宇宙からすれば一個の有機体の存在意義は決して大きくないかもしれませんが、「一個の有機体は、それが存在するためには全宇宙を必要とする。」というアルフレッド・ホワイドヘッドの言葉のとおり、そこには宇宙の全歴史が凝縮しています。
 「人のいのちを尊重をする。」という言葉を使う場合に、そのことが配慮されていないものは、どこか自分に都合のいいポイントを恣意的に選定して、そこに軸足を置く利己的なものになってしまう可能性が大きいのではないでしょうか。 


Image
森永純写真集「wave 〜All things change」→


Kz_48_h1_3

風の旅人 復刊第4号 「死の力」 ホームページで発売中!

*メルマガにご登録いただきますと、ブログ更新のお知らせをお送りします。登録→