第895回 自然に還るのではなく、自然から学び、人間力を磨く。

 

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 風の旅人の復刊第5号、鬼海弘雄さんのページの印刷がうまくいかず、刷り直しになってしまったけれど、カラーページを含め、他のページはきれいに仕上がっている。
 グラビア雑誌というのは、写真の印刷が命だから最後の印刷が山場だ。ここでうまくいかないと全て台無しになる。写真家は、出来上がったものででしか評価されないので、印刷がどうだこうだと言い訳ができない。編集側の責任は重大だと思う。
 これまで49回もやってきたわけだが、刷り直しは3回目。編集段階では全て自分の責任だが、印刷は、印刷技術者に任せるしかない。どれだけきちんとコミュニケーションをとれるかが鍵になるが、ていねいにコミュニケーションをとっているつもりでも、話を伝えた人間の向こうに現場の人間がいて、あいだに入っている人間のコミュニケーション力で、微妙に変わってしまう。
 難しいなあ、やってられないなあと思うことも多いけれど、こうしたチームプレーがうまくいった時は、一人でやる満足度よりも高くなる。
 ここに紹介している刷り出しは、今森光彦さんの里山の写真。今森さんは、よく知られた自然写真家だけれど、いつも感心するのは、その美意識の高さだ。
 一度でも琵琶湖の傍にある今森さんのアトリエを訪れたことがある人はわかると思うけれど、そこに置いてある物、もてなしのコーヒーや紅茶、その器、写真などを郵送する時の専用封筒、その中に入っている便せん、手紙の折り方、宛名シールの貼り方、隅々まで神経が行き届いている。
 アトリエの中には、世界中から集めた民芸品があるが、単にその土地の特徴を表したエキゾチックなものではない。どこに持っていっても通用する普遍的な美があるものばかりなのだ。眼が確かというか、美的感度がしっかりとしているというか、すごいと思う。
 自分がアウトプットするものは、自分を取り囲む物の影響を、知らず知らず受けている。だから、自分の周りをどのように整えるかは、表現者にとって大事なこと。
 自分というのは自分一人で完結しているのではなく、周りとの関係を通して成り立っているわけで、周りの物に対して神経を行き届かせていない人がアウトプットするものは、やはりどこかで神経が行き届いていない。
 自然との関係も同じで、ただ自然に癒されるということではなく、自然との付き合いを通して、自然の凄さを知り、自然に触発され、自分の美意識を高め、自分がアウトプットするものの質を高め、すなわち人間力そのものを磨き上げていくということが大事だろうと思う。
 禁断の果実を食べた人間は、簡単に自然には還れない。だから、自然に還るのではなく、徹底的に自然から学び、自分を磨き、そのうえで自然と上手に共存できる道を探るしかないと思う。
 写真家を名乗る人はたくさんいるけれど、自分の被写体に対して、どれだけ神経を行き届かせることができるか。
 将棋でもそうだが、第一線の人達の実力差はほとんどない。にもかかわらず、勝つ人が勝ち続けるのは、ぎりぎりのところで違う何かがあるからだろう。写真でもそうで、上手に撮れる人は掃いて捨てるほどいるが、そこから一歩先に行く人には、対象に対する神経の細やかさが違う。
 次号の風の旅人では紹介する今森さんや鬼海さんや大石さんは、その代表だと思う。
 風の旅人 復刊第5号は、まもなく完成です。

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