第896回 ポーズ(佇まい)とトーンから本質を推し量る力

切り絵は、自然の中を散策することとよく似ています。目の前に現れる感動を、つねに求めている自分がいるからです。ー今森光彦

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 現在販売中の風の旅人 復刊第5号(第49号) いのちの文(あや)で里山の写真を特集している今森光彦さんが、写真ではなく切り絵の展覧会を京都駅の伊勢丹にある「えき」美術館で開催している。
 http://kyoto.wjr-isetan.co.jp/floorevent/index_7f.html
 今森さんは、自然写真家として高名だが、実は、切り絵作家としてのキャリアの方が長い。なにせ、小学生の頃からずっと切り絵に熱中しているのだ。

 私は、今森さんのアトリエで数点の切り絵作品を見た事があり、その時も、色彩の美しさや構成の素晴らしさに感動したが、今回、膨大な数の作品を目のあたりにして、かなり度肝を抜かれた。
 切り絵というのは、ハサミで紙を切って図柄を作っていくので、手先が器用で上手に美しく表現できる人は、けっこういるかもしれない。それは写真でも同じで、上手に、器用に撮ることができる人は、数えきれないほどいる。
 しかし、器用で上手であることと、すごいと唸らされるもののあいだには大きな差がある。切り絵の場合も、対象の捉え方と表現の仕方によってまったく違ったものになることが、今森さんの切り絵を見ればよくわかる。
 今森さんの切り絵は、生物達が実に生き生きとしていて、その佇まいがリアルなのだ。
「上手に切り取るだけではダメで、ポーズのつけ方が一番大事で難しい」と今森さんは言っていた。しかしその難しいことを、意外と子供達は上手にできるそうだ。生物を丁寧に見て、さらに触ることで感じられるリアリティ。紙で作った生物にポーズをつける際に、その感覚が生きてくる。
 形そのものではなくポーズ(佇まい、身ごなし、身構え)の大切さ。人間でいえば、顔の造作とか背丈とかではなく、姿勢とか歩き方とか、背中、表情にその人の特徴がよく現れるということか。そういえば、今森さんと同じく風の旅人の復刊第5号で写真を紹介している鬼海弘雄さんが、人を撮影する時は肩のラインを見ていると、以前、言っていた。映画監督の小栗康平さんは、役者さんのオーディションにおいて、目の前で歩いてもらえば、だいたいわかると言っていた。
 そして、今森さんは、自然界に存在するものたちの”それらしさ”を表すためのポイントとして、色の組み合わせも大事だと言う。どの色が相応しいかではなく、どういう配色が相応しいか。
 今森さんは、誰でも入手できる色紙を使って切り絵を制作する。絵具で特別な色に染めたりしない。制約のある既成色によって、自然界の色のトーンを作り出す。最近、Facebookなどで「あなたは何色に見えますか?」といったテストがまわってくることがあるが、自分は黒だと思っていたら別の人は金色に見えたりと、何色に見えるかは脳の思い込みに影響を受けているから、自然界に存在するものの特徴を決めるうえで、厳密にどの色であるかを決めていくことは、あまり意味がないということになる。
 それよりも大事なことは、自然界には、心を和ませる配色の仕方と、鮮烈に見える配色の仕方があるということ。
 たとえば蝶の羽の模様は、強い色調がいくつも使われているように感じられるが、実際に使われている色は、ごく少数であり、色と色とが引き立たせ合う効果によって鮮烈な印象を与えている。
 エネルギー効率のことを考えても、少数の色から最大限の魅力を生み出すことは、とても理にかなっている。畢竟、色の美しさというのは、色単独の美しさではなく、色のトーンの整え方ということかもしれない。
 だから、色味を抜き取ったモノクロ写真でも、黒と白の調子で美は伝わるし、人によっては、モノクロ写真に色味を感じとることもある。
 私たちの脳は、色味とか形といった単一的で固定的な性質だけで対象を認識しているのではなく、トーンとかポーズといった複合的で流動的な性質で、対象の固有性を認識しているのかもしれない。
 今森さんは、そうした自然界が備えている摂理を、ものの見事に掴んでいる。ポーズに現れる特徴を、ハサミで切り取る線で巧みに引き出しているし、トーンに対する観察眼も鋭い。
 トーンに対する観察眼というのは、たとえば蝶が羽ばたく時、羽がブルーに見えたり銀色に見えたりするが、静止した状態だと黒だったりする。つまり光の当たり方で、明るい色から暗い色、鮮やかな色から渋い色までトーンが変化する。その全体の印象で我々はものを見ているのだが、今森さんは、その全体の印象を、選び取ったトーンの組み合わせで生み出している。だから、静止している筈の切り絵の生物が、蠢いたり、動いているように感じられるのだ。

 今森さんの切り絵は、全体の構成も素晴らしいが、線と色を見るだけでも楽しいし、引き込まれる。
 今森さんの切り絵を見ていると、ただ美しいだけでなく、物事を見るというのはこういうことなのだと、見るという日常の当たり前の行為が、とても新鮮なものに感じられる。
 また、切り絵というのは、紙を切るという身体動作が、視角を通して直接伝わってくる。すなわち、紙を切るために手を動かしている感覚が、手で触れているような生々しい感覚になる。
 見るという視角的な行為なのに、非常に身体的な感覚を覚えるのだ。
 極めつけは、色もなくして白黒だけの紙を用い、形も非常にシンプルにした生き物のシリーズがあるのだが、水を飲むキリンとか、アフリカクサリヘビとか、静止画像なのに、生物の動きの本質を伝えてきて、聖なるシンボルのように見える。
 琵琶湖の近くに広がる棚田の中にある今森さんのアトリエには、世界各国の工芸品がある。それらは全て、今森さんが取材で訪れた現地で買い求めたものだが、どこにでもあるようなお土産の民芸品ではなく、非常に洗練され美しいものばかりだ。その選択眼に、今森さんならではの美的センスが現われている。今森さんが作り出すモノクロの切り絵と同じように、自然界の普遍的な造形能力が、人為によって引き出されたようなものたちなのだ。
 自然界の本質や摂理を掴み取ってアウトプットされた形は、美を生み、聖なる何ものかを伝えてくる。
 今森さんが写真に撮り続けている里山の自然、たとえば棚田などにもそれが感じられる。すなわち、自然(宇宙)の摂理や本質を掴み取った人間が、世界に働きかけていくことで生まれる美がそこにある。
 芸術の本質とは、きっとそういうものだろうし、それがゆえに、切り絵も写真も、芸術になるものもあれば、そうでないものもある。
 切り絵の展覧会中に今森さんのギャラリートークがあり、その中で、最近はエコブームで、自然好きで「環境」の大切さを口にする人が、『昆虫」を気持ち悪いと言って避けるという話があった。
 現在、いろいろなところで環境を大切にすることや、自然を守ること、自然に寄り添う生活などが主張されるが、人間の生存にとって快適で都合の良い側面ばかりが強調されていると感じることが多い。
 人間の価値観や常識にそった表現や論理は、共感されるかもしれないけれど驚きを与えない。癒しはあるかもしれないけれど、はっとするような美や感動がない。だから世界も広がらない。
 快適なだけのものから生命の躍動は生まれない。子供が溌剌としているのは、子供の中に息づいている自然の力が、己の快適さよりも、新鮮な驚きの方を欲しているからだろうし、それこそが生命力の源泉なのだろう。
 戦後、快適で便利な暮らしを求めて人間は努力してきたわけで、世の中で人気になりやすい表現も、人間側の都合が勝りすぎて、それゆえに生命力に乏しく、すぐに消費されて消えていくものが多かった。
 長く残っていく表現は、ひとまず人間側の都合を脇において、自然や宇宙のありのままの状態に対して素直に反応し、自分の中に眠っている生命の悦びに気づかされる。そういうものだろうと思うし、そういうものがもっと増えて欲しい。そうでないと、いくら物に不自由しない社会になっても、どんどんと味気ない社会になっていき、空虚さの反動で、粗暴な考えや振る舞いが幅をきかすようになってしまう可能性もある。
 子供のときめきは、子供時代に限られたものではなく人間が生きていくうえで大切な生命反応であり、表現活動は、そのときめきを媒介する大切な手段として、時代社会のポーズ(佇まい、身ごなし、身構え)や”トーン”を整えていく力になるものだ。
 そして、人を見る目、物を見る目、時代社会を見る目もまた、何か具体的な出来事を分析検証する力よりも、ポーズやトーンから、見た目には現われにくい本質を推し量る力なのだろうと思う。
 そういう力が損なわれた人や表現は、生命の機微が見失われているということであり、当然の帰結として、生命力に乏しいものにならざるを得ない。

 成熟というのは、本来は、ポーズやトーンが豊かになっている状態のこと。現代社会の人間は、物質的には成熟しているが、精神も成熟していくのか、それとも逆をたどるのか。精神が未成熟だと、ポーズやトーンで物事の本質を推し量るのではなく、派手なゼスチャーに騙されやすくなる。わかりやすい言動にしか反応できなくなる。目立っているものしか見えなくなる。そして調子のいい言葉に乗せられやすくなる。そして、いつしか自分を見失ってしまう。

 そういう回路から脱するためには、少しの快適よりも、困難の先にある感動を求め続ける姿勢を保ち続けること。そういう姿勢の継続が、けっきょく、その人のポーズ(佇まい)や、トーンを決めていくのだろうと思う。

 ゼスチャーに嘘は紛れ込むが、ポーズやトーンにおいては、嘘はあからさまになる。

 切り絵にかぎらず、どんな仕事でも、そのことは変わらない。

 今森光彦さんと同じく、風の旅人の復刊第5号(49号)に寄稿していただいている石田秀輝さんをお招きして、4月24日午後6時から第4回 風天塾を開催します。→http://www.kazetabi.jp/%E3%82%A4%E3%83%99%E3%83%B3%E3%83%88/


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