第897回 社会の風になびかず、煽られず

 10年ぶりの新作映画の公開がまもなくの小栗康平監督から、映画が、ようやく自分の手を離れ、あとはプリント作業だという連絡がきた。 http://www.oguri.info/notes/

 その忙しい最中、「風の旅人」復刊第5号(第49号)の感想を寄せてくれた。
「復刊からだんだんと落ち着いてきた印象をもちました。冷静に考えると、この手のホンはどこにもないのですから、あまり気張り過ぎずにやられたほうがいい」と。
 復刊5号が完成して、なにか悶々とした気分だったので、小栗さんの言葉に触れて、少しだけ霧が晴れたような気持ちになった。
 なぜ悶々としていたかというと、日本社会に刻々と不気味な足音が聞こえてくるなかで、こんなことやっていて何になるんだろうという気持ちが募ってきたからだ。風の旅人は、メディアとしてはかなり小さい。読者の数も限られている。大きなメディアがガンガンと情報を垂れ流す中で、あまりも無力を感じる。こういう手法をとっていることが時代錯誤なんじゃなかろうかと。
 2012年12月に出した復刊1号(第45号)の『修羅』は、かなり気張って作った。3.11の大震災の後、日本が地味ながらも少し良くなっていくのではないかと思っていたのに、一年経った頃から、経済成長、原発再稼働の声が大きくなって、なんだかキナ臭いものを感じたからだ。

 というのは、先の戦争の前も、大正デモクラシーの頃(1910年から1920年)は平和運動が盛んで、軍隊はかなり冷たい目で見られていた。なのに、関東大震災ウォール街の恐慌と続いて、あっという間に軍国主義の道ができてしまった。
 関東大震災が1923年、ウォール街の恐慌が1929年。満州事変が1931年、日中戦争が1937年から始まり、太平洋戦争の開戦は1941年12月。
 単純にあてはめることはできないけれど、今、金融が世界的にバブル状況だが、震災から5、6年後の2016、17年にそれがはじけて、その2年後に満州事変のようなものが起きても不思議ではない。
 大正デモクラシーから1930年すぎまで、日本社会は、平和を満喫し、ハイカラで、知的遊戯も盛んで、その雰囲気は今とそんなに変わらなかったのだ。

Images(1934年 撮影 桑原甲子雄


 桑原甲子雄さんがその当時の世相を撮った写真を、風の旅人の第20号で紹介しているのだが、戦争前の暗さはどこにもない。 

 そういう得たいの知れない不気味を感じ、『修羅」という狼煙をあげて風の旅人を復刊させ、それなりに反響もあったのだが、この号に関しては小栗さんからは叱られた。気張り過ぎなんじゃないかと。
 復刊第2号(第46号)を、「コドモノクニ」で特集し、丸山健二さんの歯に衣着せぬロングインタビューを柱に組み立てた構成に対しても、小栗さんは、風の旅人らしくないと言った。
 復刊第3号(第47号)の「妣の国へ」を出した時、だいぶ落ち着いてきて風の旅人らしくなったと小栗さんは言ってはくれたのだが、その後も、私の中で、落ち着いたらダメなんじゃないかという気持ちがずっとあった。
 でも、気張ることは、実際はそんなに難しい事ではなく、落ち着きながら持続することの方がけっこうしんどいことなのかもしれない。

 気張ることは、私が不気味を感じている社会の波長と、どこかで揃ってしまっている。つまり、社会の波長に煽られて浮ついているということであり、腰がどっしりと落ち着いていない。こういう状態だと、現代の社会が陥りやすい二項対立、信念対立の構造に意識が簡単に引きずり込まれてしまう。そうなってしまうと、数が多い方が勝ちなのだ。

 社会の問題も、自分の問題も、正しいか間違っているか、幸福か不幸かと簡単に割り切れるものではない。正しさとか幸福という言葉や、その言葉の定義がしみついていて、その概念にそって物を見る癖がついているので、そういう概念をいったん横において、自分の身体の中にある自然の感覚に耳をすませることで、自分のやるべきことを探りたい。

 と思いながらも、何だか定まらない気持ちの中にいたが、「冷静に考えると、この手の本はどこにもないのだから、あまり気張りすぎずにやられた方がいい」という小栗監督の言葉は、肩にあがっていた”気”を、すっと丹田の方に下ろしてくれた。

 どこにもないということを孤立と捉えるのではなく、恬淡無碍の心持ちで、一歩一歩、寂たる道を踏みしめていく歩みもある。
 そういう道で、49冊まで続けてきているわけで、なにを今さらである。


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