人生の歯車

 私が非常に深く関係している会社でアルバイトとして働いている女性がいた。その彼女は、ちょくちょく連絡もなしに遅刻して、昼頃出社することがあった。そのたびに上司が注意していた。また、夕方頃に連絡が来て、欠席を告げることも何回かあった。ある時、夜の9時頃になってはじめて、メールでその日の欠勤を伝えてくるということがあった。

 来るか来ないかわからないという状態だと、チームとして仕事をする体制を整えることができない。また、周りのスタッフも白けた感じになってしまう。だから、上司は彼女にその旨を伝えた。「そんな状態だと、もう一緒に仕事はできないよ」と。それは、「もうやめてもらってけっこうだよ、あなたの力は期待しないから」と、暗に解雇を告げていることになる。

 その言葉を受けた彼女は、なんとかユニオンに相談した。すると、なんとかユニオンのメンバーが20名ほど会社に押し掛け、「無断欠勤くらいで解雇できない、法的には21日間連続して無断欠勤した場合だけ解雇できるのだ、労働基準法違反だ!」と息巻いたそうだ。

 なんともけったいな現象だなあと思う。

 自分の無断欠勤が原因で、「もうやめてもらってけっこうだよ」と言われてしまい、それでも解雇されたくないのなら、何とかユニオンに相談するよりも前に、「今後二度と無断欠勤しませんから、働かせてください」と謝罪して心を入れ替えた方がいいのではないだろうか。そのように真摯に謝れば、上司だって、もう一度チャンスを与えようと思うだろう。

 遅刻したり休む際に連絡を入れることが、そんなに大変なことなんだろうか。その努力すらも放棄して、権利だけを主張して、力づくでアルバイトを継続しても、けっきょく自分のためにならないのではないだろうか。

 なんとかユニオンも、集団で押し掛け、彼女の力になってあげたと誇らしい気持ちになっているのだろうが、それは自己満足にすぎないのではないだろうか。というのは、なんとかユニオンは、彼女の人生の全てにおいて責任を請け負ってくれるわけではない。この瞬間の”権利獲得”に浮かれるのはけっこうだが、そのことが本当に彼女の将来のためになると私は思えない。何とかユニオンは、果たして彼女の将来のことまで心配してくれているのだろうか。

 彼女は、今後何十年もの間、社会で生きていかなければならない。その社会で、彼女の今までのスタンスが通用するとは、とても思えない。今回のような軋轢に遭遇するたびに、自分の努力で打開するのではなく、なんとかユニオンに頼り続けるのか? その何とかユニオンは、彼女の生涯にわたって彼女をサポートしてくれるのか? 何とかユニオンも、一時的な流行かもしれないし、政治団体が裏で操作している可能性もある。

 そんなことよりも、今現在において、どんな理由があろうとも無断欠勤が度重なるというのは明らかに自分の側の問題があるのだから、そのことについて反省して自分を変える努力をしなければ、誰からも信頼されない人間になってしまうのではないか。

 それとも、そういうことを、「いいよ、いいよ、気にしないで」と言ってくれるお人好しが、この世にそんなに多いのだろうか。

 他の人が持たない圧倒的な才能や力を持っている場合、どんなに無礼で無責任な態度をとっても、その力をあてにする人がいるかもしれない。(私は、特別な力や才能よりも、気持ちよく仕事をすることを優先したいから、そういうものを欲しないが。)

 しかし、そういう力もまだ身についていないならば、まずは人と人の信頼関係を築くところから始めていかなければ、何にもできないだろう。

 古くさい言い方かもしれないが、この世を生きていくうえで最後にものを言うのは、人と人の信頼関係だと私は思う。

 何とかユニオンが、「法的に解雇できるのは、無断欠勤21日間だ!」と、ごり押しした結果、彼女は解雇されなかった。でも、けっきょく、その後すぐに自分で辞めてしまった。

 イジメにあったからではないと思う。もしそうなら、また、何とかユニオンが押し掛けてくるだろう。

 何とかユニオンが押し掛けて、会社側に解雇を取り消させても、彼女に残ったのは達成感や充実感ではなく、空虚だったのだろう。

 達成感や充実感は、やるべきことをきっちりとやった上で初めてもたらされるものだ。やるべきことをやらず、権利のゴリ押しで獲得しても、人間は真に満たされることはない。その空虚が、自分を蝕んでいく。きっと、自分で自分が厭になるのだと思う。自分への不満を解消するために、団体の力を会社にぶつけて、その瞬間すっきりしても、自分が変わらないかぎり、自分への不満はくすぶり続ける。

 何とかユニオンで団体交渉をする人たちも、きっと同じような人が多いのだろう。

 もしそうでないなら、彼女が相談しに来た時、すぐに徒党を組んで力づくで権利を主張する動きに出ず、まずは彼女の無断欠勤をたしなめ、そういうことを繰り返していると自分の価値をどんどん貶めることになると心配してあげることが先だろう。そして、会社側にきっちりと謝罪して同じ迷惑はかけないようにするから雇用を継続して欲しいとお願いすべきだとアドバイスをすることが大事だろう。まずは自分の力で打開の道を探り、殊勝に、真摯に、会社に願い出ても受け入れられない時にはじめて、団体の力を行使すべきだろう。そういう努力もせずに、わっと押し掛けて権利を押し通しても、彼女自身がこれからの人生を生きていくうえで大事なことは何も残らない。

 さらに、支離滅裂な論法と、ぞんざいな態度と言葉で力づくで権利の獲得を目指そうとする動きは、何とかユニオンの価値自体を自分たちの手で貶めることになる。

*支離滅裂な論法とぞんざいな態度と言葉というのは、今回のケースにおいて、押し掛けた20人のメンバーが、彼女が欠勤して、その日の夜になって初めてメールで欠勤を伝えたという事実をもとに、「後からでも連絡してんだから、連絡してるのに違いはねえだろ!連絡してんだから、無断欠勤じゃねえだろう!」と、すごんでみせた論法のことだ。

 野球でもサッカーも、試合の始まる前にメンバーとして当てにしていた人間が、連絡も無しに姿を現さず、試合が終わってから連絡してきて、「連絡しただろう!」とすごんでも、チームに入れてもらえないことが、なぜわからないのだろう。政治家や官僚が問題を起こした時の言い分とよく似ている。右派も左派もなく、強弁の質が同じなのだ。それに気付かない鈍感さと不遜さが、むしろ哀れだ。

 チームに再び入れてもらうためには、まずはきちんと謝罪すべきだろう。でも実際は、謝罪するだけでもだめで、一度失った信用は、その倍の努力をしなければ取り戻せない。そのことをわからないかぎり、人生の歯車はうまく回っていかない。


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