あの人に迫る

 本日、10月24日(金)の東京新聞、あと中日新聞?の夕刊の「あの人に迫る」で、「風の旅人」周辺のことを、かなりのスペースを割いて紹介していただく予定になっております。

 インタビューは随分前だったので、話した内容は明確に覚えていませんが、「旅」のことが中心だったと思います。

 「風の旅人」の創刊の頃、広告を出して、「自分に行き詰まったら旅が最良の薬です」というキャッチコピーを作りましたが、今もこの言葉に尽きると思っています。

 旅が人生の全てを解決するなどとは思いませんが、狭い穴に閉じこもって悶々としている時、旅に出ると、穴に閉じこもって悩んでいた時の自分が別人のように感じられることがあります。旅に出て、今まで見たことも聞いたこともないようなことに出会うと、自分の領域の狭さに愕然とします。それまでは、悩みを抱えていた自分の世界が広大深遠だと感じていたのに、なんだかとても狭いところで身もだえしていたような気がしてきて、すっきりと、自分を突き放して見ることができる。

 20歳の頃、私は二年間の海外放浪に出かけましたが、それ以前、ほとんど引きこもりのような夜型の生活にどっぷりと浸っていたので、イスラム世界の強烈な光に目眩を感じながら、それまでにない昂揚感のなかで、それまでの自分が別人のように思えたことが想い出されます。

  その時の自分の体験があるので、もしも子供が引きこもりになれば、すぱっと長期休暇をとって、一緒にアフリカやアジアなどを旅しようと、心に決めています。一ヶ月もあれば、かなり違ってくると確信を持っています。

 とはいえ、旅は祭りのようなものであり、祭りの後の寂しさというか、帰国後、しばらく呆然として社会復帰できなかったのも事実です。

 ただ、焦りはありませんでした。放浪のあいだ、ほとんど野宿とヒッチハイクで、シャワーも浴びられない日が何日も続き、ポケットに突っ込んだ生の人参を囓っていましたが、そういう状況になればなるほど、むしろ心が高揚して、タフになっていくことを実感していたので、帰国後、風呂無し、トイレ共同、北向きの四畳半の家賃1万6千円の部屋に住んでいても、まったく憂鬱感はありませんでした。

 人間、どのようにも生きられるという感覚があったからです。

 人生において何かしらのハプニングが自分にふりかかって窮地に陥っても、ゼロ地点に戻れば、むしろすっきりとできる。中途半端の宙ぶらりんで、捨てきれないものを抱えている状況の方がよほど辛いということが、長期の旅から戻った自分にはよくわかっていました。

 いざとなれば、ゼロ地点、つまり出発点に戻ればよい。

 旅を通して知ったことは、一言で言うと、そういうことだったと思います。

 そして、その後、いろいろな仕事に関わり、逆風のなかで奮闘しながら、いつも心の底には、そういう開き直りがあります。

 インタビューは、聞き手の質問があって話しが展開するので、ここに書いたこととはまったく異なる展開の可能性大(私も中身を知りません)ですが、いずれにしろ、いろいろな意味で「旅」というものの奥行きを、昨今流行のレジャーではないところでとらえなおし、伝えていけるような方法はないものかと思います。「風の旅人」はそういうつもりで作っていますが、私の本業は、「旅」そのものの方ですから。