井津建郎さんのプラチナ・プリントと、アンコール小児病院支援に関するお願い

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 「風の旅人」の第三四号(二〇〇八年一〇月発行)で特集を組んだ井津建郎さんは、アジアを中心とした聖地をプラチナ・プリントで表現している。プラチナ・プリントは、文字どおりプラチナを利用した、古典技法として現代に残っている数少ない技法であり、密着用のネガで制作するため、フィルムサイズのプリントしか作れない。

 井津さんは、聖地にたちこめている空気も写真に念じ込めるために、ディティールの再現性が素晴らしいプラチナ・プリントで表現を行っているが、プリントサイズを大きくするため、36センチ×51センチの巨大なネガを使用している。そのため、一式全部で一三〇キロに及ぶ超大型カメラを抱えて、チベットブータンの山岳地域やアンコールワットなど密林地帯に眠る遺跡などを、長年、撮影してきた。コンパクトのデジタルカメラが行き渡り、被写体を自分本位に切り取る写真が氾濫しているなかで、井津さんの撮影行為は、まるで苦行僧のようだ。想像を絶する苦労を重ねながら、一枚一枚、対象を拝むように撮影していく。実際に井津さんは撮影前に手を合わせて対象と向き合い、祈るような思いでシャッターを切っていると言う。

 そのようにして生まれる写真は、風景や物が写っているだけではなく、井津さんと対象との奥行きのある関係性や、彼自身の心の機微が映し出される。

 表現行為は人間が行うものだから、結局人に帰する。人それぞれの方法で、最終的に、その人自身の”道”を表すことになる。権威筋の評価、評論家の分析、鑑賞者の好き嫌いなど世俗の分別は様々だが、表現者が開いた”道”が、どのように他者を導いていくかが、最終的に問われることになるのだろう。

 井津さんの写真は、見た目の斬新さを競うものではない。ありのままの光景がそこにあるが、その前で自然と手を合わせたくなる厳かな空気感がある。井津さんが敬意をこめて対象に向き合っているからこそ、その空気が生じるのだろう。大型カメラは扱いが難しい分、表現者の思いやスタンスが写真に反映されやすく、ごまかしがきかない。自己を滅却して、対象への敬意がそのまま形になる井津さんの表現は、自己主張ばかりが強い今日の表現傾向のなかで、とても新鮮に感じられる。

 彼のプラチナ・プリントの素晴らしさは、印刷物では充分に伝えきれない。ぜひとも、本物を自分の目で確認していただきたいと思う。

 そんな井津さんは、アンコールワットを撮影中、地雷の犠牲となって手足を失った子供たちと出会い、彼らに救いの手を差し伸べるため、子供たちのための病院の建設を決意した。そして、NPO「フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー/国境なき友人」を結成し、一九九九年、二月、世界中で三千人以上の人々の協力を得て、「アンコール小児病院」が、シェムリアップに開院。今日まで、地雷の被害にあった子供達など、この一〇年で六五万人の医療を行い、今では毎日三五〇人以上、多い日には五〇〇人以上を超える子供たちが外来を訪れている。さらに、医療、看護、病院運営教育にも力を注ぎ、毎年、千人以上の医療教育を行っている。

 このように現地には必要不可欠な病院だが、カンボジア政府は、病院の土地を長期提供するに留まり、運営費は世界中からの募金によってまかなわれている。そうした状況のなか、昨年の金融危機以来、募金が大幅に減少し、病院の運営が困難な状況に陥っている。政府や国際的な支援が必要な「アンコール小児病院」だが、現状では、世界中に広がる草の根の善意だけで成り立っており、一人でも多くの子供たちを救うために、支援の輪を広げていくことが切実に求められている。

 *井津さんは、アンコールワットのプラチナ・プリントを販売し、その売り上げを全て、「アンコール小児病院」の運営費にあてている。ニューヨークで活躍し、世界的にプラチナ・プリントの第一人者と言われる井津さんの作品は、アート市場では四〇万円ほどで取引されているが、病院の基金のために、一五万円の特別販売を行っている。販売作品は、清里フォトアートミュージアムで直接確認することができる他、(株)ユーラシア旅行社にも井津さんのプラチナ・プリントを一点だけ展示しており、本物の質感を実感していただき、それ以外の作品を、カタログで確認できる。

●アンコール小児病院の募金に関する問い合わせ/フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダー TEL 03-6421-7903(平日午前10時〜午後5時)

井津建郎さんの募金用プラチナ・プリント販売の問い合わせ

1.清里フォトアートミュージアム  0551−48−5599 10:00〜17:00「アンコール小児病院」を継続支援する同館は、井津氏によるプラチナ・プリント作品「アンコール遺跡 光と影」を、徹底した温度湿度管理を行なっている収蔵庫にて保存、購入作品の梱包、発送作業をボランティアとして代行している。

2.(株)ユーラシア旅行社     03−3221−0832                                                           

風の旅人 編集長 佐伯剛