今の日本の大企業の状況を象徴する出来事!?

 風の旅人 復刊第一号の発行直前、発送の準備の段階で、今の日本の大企業の状況を象徴しているのではないかと思うトラブルがあった。その大企業とは、ずっと長い付き合いで、昨年の休刊まで9年間、風の旅人の印刷をお願いしてきた。風の旅人の写真のクオリティの高さを理解してくれ、「そのクオリティを印刷で損なわないようにするのは大変だが、技術を磨いていくうえでも大事なこと」だと、この仕事に携わってくれる現場のモチベーションも高く、その御陰で、日本の雑誌の中では極めて印刷の出来が素晴らしいと、読者から評価頂けるものになっていた。

 風の旅人を復刊するうえでも、風の旅人を理解してくれている印刷現場との関係は重要なので、引き続きお願いすることにした。その結果、復刊第1号の印刷の出来は素晴らしいものになったと思う。

 しかし・・・、復刊の風の旅人は、取り次ぎを通した書店での委託販売は行わないので、あらかじめオンラインで注文していただき、そのリストに基づいて一斉に発送することになる。

 最近ではオンラインを通じた物品の販売は急激に増大しているので、そうした発送代行会社は無数にあるが、印刷現場と直結していた方がいいと判断して、その印刷会社に依頼した。

 近年、個人情報の流出が問題になっているので、個人情報の取り扱いは厳重でなければならない。その大手印刷会社は、数ある発送代行会社のなかでも、もっともシビアに、その対策に取り組んでいる。

 社内で独自に開発した暗号ソフトを組み込んだDVDーRに、顧客情報を記憶する。暗号とパスワードの二重の予防策で、顧客情報を保護する。そして、セキュリティ会社の社員が吉祥寺の私の事務所までDVDーRを取りにきてくれ、頑丈な防護ケースに入れ、書類にサインをして持ち帰る。セキュリティ会社の人間はパスワードはわからない。そのDVDーRは、厳重にセキュリティ対策を施された大印刷会社の一室に持ち帰られ、複数の人間の立ち会いのもと暗号が解かれ、さらに私が別途伝えたパスワードを使って、リストを開くことになる。そのリストの印字も複数の人間の立ち会いのもと行われる。

 このように厳重極まりない方法だから安心だけれども、発送に至るまで少し時間がかかる。本はできあがっているのに、読者の手元に届くのは来週の後半になってしまう。けれどもそれは仕方がないことだと思っている。

 そして、私は、購入者のリストを暗号化するため、自分のパソコンのリストを整理し直し、それをDVD−Rに焼き込み、暗号化した。30日の朝10時に、セキュリティ会社の社員が取りにくるというので、慣れない作業ということもあり、久しぶりに徹夜をした。

 そして無事に終えたと安心し、午後、別の仕事の為にクライアントの所に行っていたら、突然、印刷会社の営業担当者から携帯電話に連絡が入り、発送担当の者がDVDーRを開くと、そこにあるべきファイルが見あたらないと言う。私は、自分がミスをしたのかと思ったが、どうやら、発送担当のスペシャルルームにMacのコンピューターがなく、だから開けないのではないかと言ってきた。

 だったらわざわざ電話してこず、Macコンピューターを用意すればいいじゃないかと言ったら、稟議に時間がかかるので、「もう一度、どなたかのwindowsのコンピューターでやり直してくれないか」と言う。「そりゃないだろ」と怒ると、「これまで発送現場ではwindowsしか対応してこなかった…大手会社はみんなwindowsを使っているから・・・」とのたまう。

 しかし、その大手会社が特別に開発した暗号ソフトは、マックのOSとウインドウズのOSが選べるようになっている。1年前、風の旅人の休刊前にその会社と仕事をしていた時に受け取っていたDVD-Rは、確かにwindows専用だったが、その後、その会社の暗号化技術を開発する部門が、時代の流れに合わせてMacのOSでも対応できるソフトを開発し、そのソフトを、取引先に渡していたし、私もそれを受け取った。

 その会社は、印刷だけでなく、様々な先端技術への取り組みは素晴らしいものがある。しかし、残念なことに、同じ会社の他の部門との連携ができていない。しかも、今回の場合、顧客情報を守るための技術を開発する部門と、その顧客情報を取り扱う部門の連携すらできていなかったのだ。いったい何のための技術開発なのか、その意義が別の現場で共有されていない。そして、その技術開発を自分達の現場でいかに生かすべきなのか議論されていない。宝の持ち腐れなのだ。

 現場は、「今までずっとwindowsだったから・・・・」などと、ちょっと情けないことを言う。そういう言葉を発することじたいが恥だという意識すら弱い。この問題は、何もこの大手印刷会社だけのことではないのではないか。

 日本の大手企業の技術開発力は素晴らしい。しかし、技術部門は、その技術の意義を社内的に認知させる努力をどれだけ行っているだろうか。その努力を阻害する縦割り組織が、相変わらずはびこっているのではないだろうか。

 また、危機感が弱く、「以前からそうしていたから・・・」というように、仕事が惰性に陥っている人が、もしかしたら非常に多いのではないか。

 慣れていないことは、あまりやりたがらない。自分の専門外のことには首を突っ込みたくない。次から次へと新しいものが出てくる状況に対して、自分には向いていない、忙しいからと言い訳して、学ぼうとしない。とりわけ、管理職にあたる中高年に、そういう人が多いのではないか。慣れた仕事の範疇では自分の威厳を保とうとし、慣れていないことに対しては無関係を装うことで、努力をしない自分を正当化する。

 アップル製品とソニー製品を比較するまでもなく、日本の電気メーカーの作る物は、その製品単独で完結していて、同じ会社なのに他の製品と一緒に使えないものが非常に多いという問題をよく指摘される。品目は、アップルなどに比べて非常に多く、その技術も素晴らしいのに、どんどん売れなくなっている。時代は、アップルのように、1+1=2ではなく3にも4にも10にもなるようにするにはどうすればいいかということに頭を使うようになっているのに、相変わらず、1の中の完成度を高めることだけに意識を集中しているのだ。

 私が今回巻き込まれたトラブルにしても、その会社の社員は誠意を持って対応してくれた。土曜日に、営業も発送現場も出社して、遅れを取り戻すべく努力をしてくれた。さすがだなあと思う。しかし、その誠実さだけで通用したのは、やはり1990年頃までだったのではないかという気がする。

 あの頃までは、「真面目にコツコツと働けば自ずから結果は伴う」などと言われ、みんなそれを信じていた。

 しかし、今、その真面目さは、チャレンジをせず、自分の守備範囲や器を広げようとせずに、一つの場所に居座ることを正当化することにも使われているのではないか。「この会社一筋に真面目に働いてきた」などという言い方で。

 周りのことにあまり関心を持たず、一つのことに真面目に取り組んだ方がミスがでにくい、というのは、もはや過去のことだ。これだけ連携が重要な時代環境では、他のことにアンテナを張っていないことじたいがミスにつながる。今回の出来事も明らかにミスであり、にもかかわらず、それを自分のミスだと認められないほど頭が硬直してしまうと、「今までこの方法でやってきたから・・」などと言い訳が生まれる。

 「今までこの方法でやってきて、同じ方法でやっているのにうまくいかないのは自分のミスではない。」 

 もしかしたら、今日の日本の不振というのは、この言葉で象徴されているのではないだろうか。

 高度経済成長と同じような方法でやっているのに、うまくいかない。それは自分のミスではなく、環境が変わっただけだと。

 「環境が変わればそれに対応できるように学習をし続ける。それができていないことは、大きな過失だ。ジョブスだったら、そのように大声で罵り、中途半端にできた物(1+1=2にすぎない物)を壁にぶつけて叩き壊しただろう。叩き壊すべきは、ミスをミスだと認められない鈍麻した意識なのだ。ミスというのは、答えを誤るという単純なことではない。答えの間違いなら他の誰かがすぐに気づくから修正できる。深刻なミスは、問いすら立てないこと。すなわち、疑問に思わないこと。問いを立てない限り、答えを間違うことはないという状態に胡座をかいていること。

 日本の大手企業は、どこかで自分に都合の良い場所で胡座をかいていた。しかし、中小企業はそういうわけにはいかなかった。私が、復刊準備中にDMの印刷と発送を委託した中小企業は、福井の会社だったが、その対応はすばらしかった。地方で仕事が減っていくなか、新しいビジネスモデルを確立しているのだ。

 他にも中小企業で優れた会社は多く登場していると思う。しかし、日本全体で見ると、硬直した大手企業の管理下に置かれて無理をさせられている中小企業が多いことと、輸出にしろ国内の売り上げにしろ、経済上の数字で大手企業が占める割合が依然として高すぎるので、日本全体が落ち込んでいるように感じられるのだろう。

 日本の大手企業は、間違いなく凋落している。体質改善、意識改善を行っていかないかぎり、次々と危機的な水準に陥ってしまうことは間違いない。と同時に、中小企業が、そうした硬直した大手企業と心中するのではなく、柔軟に独自のビジネスモデルをつくりあげて、販路をつくりあげていくことで、日本が元気になっていく可能性も残されていると思う。

 若い人でも、就職に対して待遇とか安定性を求めるような、若くして中高年のように頭が固くなった人が大手企業への就職を望み、大手企業も高学歴というだけでそういう人を採用し続けると、ますますダメになることは明らか。チャレンジ精神が豊富で柔軟な頭を持っている人が、大企業の将来性に見切りをつけ、どんどんと中小企業に就職して、中小企業から新しいアイデアやシステムが生まれる。そのようにして、日本の産業界の構造も変わっていくのかもしれない。

 ここに書いたことは、私が委託した会社の悪口などでは決してない。印刷技術をはじめ、個々の技術、社員の誠実さに対して、私は、本当に信頼を置いている。

 しかし、今回の失敗で、発送担当部署にマックを一台購入するという解答しか生まれなかったら、また別のことで、同じような馬鹿げたトラブルが生じる。

 会社全体の体質改善、意識改善をどうしていくか。それに対して真剣に取り組んでいかないかぎり、この会社だけでなく、日本全体が、どんどんダメになる。にもかかわらず、「日本には技術がある。その技術に自信を持たなくてはならない」などと、自分を慰めるようなことを言っていても、今の閉塞状況を突破していく力は生まれないだろう。