第935回 人を安心させる懐の深さ 

 東京の築地に「ふげん社」という、とても個性的な品揃えの本屋&ギャラリーがあります。昨年の10月、この場所で、水越武さんの写真展に合わせてトークショーを行った時、書棚の品揃えに、思わず「私の好み!!」と唸りました。姜信子さんや管啓次郎さんといった、風の旅人の連載作家の本がずらりと並んでいたのにも驚きました。
 この場所で、3月1日から3月19日まで、大石芳野さんの写真展が開催されます。この写真展で展示される写真の一部は、風の旅人の第49号で紹介させていただきました。
 そして、このたびの写真展では、光栄なことに、大石さんから対談の相手にご使命をいただきました。3月5日 14時〜です。
 詳細はこちら(ふげん社ホームページ)→
 大石さんは、私の恩師にあたる小説家の故日野啓三さんの憧れの人でした。日野さんの作品の中にも、大石さんの名前は出ませんが、明らかに大石さんであることがわかる人物が登場します。
 

大石芳野フォト・ドキュメント「パプア人・いま石器時代に生きる」(1971年〜1975年)より

 日野啓三さんは、小説家になる前、読売新聞の特派員として、開高健とともにベトナム戦争を取材していました。
 日野さんの作品の中で、大石さんと思われる女性写真家が登場しますが、いかにも「報道カメラマンです」といった雰囲気とまったくかけ離れた、小柄で静かで優しそうな女性が、危険を省みずにカンボジア等の戦地に深く潜入して取材を続けていることを、日野さんは、驚きと賛嘆の思いで記述しています。
 日野さんは、画家でも小説家でも、「私は芸術家です」という自己演出をしている人に本物の芸術家はいない、とは言っていました。なぜなら、本物の芸術家は、そういうところにエネルギーを使わないからです。
 日野さんが、日本画家の東山魁夷さんを取材した時、東山さんは、地方役場の事務員さんのような服装で、地味なネクタイをして現れ、その外見からは偉大な芸術家であるとはまったく感じられませんでしたが、話しを進めていくにつれ、創作の核心に触れると、目が、おそろしい狂気の色を帯びていたそうです。
 日野さん自身も、小説家に与えられるほとんどの賞を受賞していますが、決して大家ぶって偉そうなところは一つもなく、いつも勉強中の学生のような生真面目さと謙虚さがありました。
 大石さんも、写真界の宝のような人ですが、その佇まいから、”写真家らしさ”はまったく醸し出されていません。しかし、人を惹きつける魅力と、人を安心させる懐の深さを感じさせます。その人間性が、大石さんの表現にそのまま反映されているのです。
 芸術家である前に、人間としてどうなのか。芸術家に限らないけれど、政治家や医者や科学者など様々な専門家にも、そういうことが改めて問われる時代になっているのではないでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 鬼海弘雄さんの新作写真集「Tokyo View」の完成がまもなくです。書店販売は行いません。かぜたび舎のホームページよりお申し込みください。