第1358回 過去に対する向き合い方は、未来に対する向き合い方と同じ。

酷暑の時は、何もせずにじっとしているのも選択肢だけれど、暑い中、ジョギングするくらいの体力と気力があれば、敢えてそうすることで汗びっしょりかくことで新陳代謝が促進されて、かえって元気になるということがある。
 そう思い、一年で一番暑い時期の京都でワークショップを行いましたが、東京でも、行うことにしました。これも一つの積極的な暑気払いです。

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 現在、「Over Space-Time 始原のコスモロジー」というテーマで、今年中に本を完成させる予定で制作を進めており、ワークショップの内容も、それに添ったものになります。
 (こういうイベントは、本が完成してからというのが一般的ですが、私は、手を動かしながら全体を整えていくという方法が身についているので、自分にとって、こういう場が必要なのです)。
 世界各地の神話の冒頭には、必ず天地創造の話が出てきますが、日本の『古事記』は、冒頭で天地開闢の時が示される本文の前に、太安万侶による序文が示されいます。 

 この序文からは、古事記は、客観的分析の対象となる史実を並べた歴史書ではなく、「物事の成り立ちの理を教わった」うえで、それに添って神話が描き出されたということが察せられます。
 現代にあてはめれば、宇宙物理学が説くビッグバンや素粒子物理学の法則で説明されることが、世界の始まりと展開を示すコスモロジーとなりますが、古事記が書かれた時代は、陰陽五行説が、それに該当します。
 今から1300百年前、律令制が整えられた時代は、日本史の中でも極めて重要なコスモロジーの転換期でしたが、この時代のリーダーであった天武天皇陰陽道の使い手であったことが日本書紀に記録されています。
 ゆえに、古事記は、陰陽五行説という当時のコスモロジーを軸に編成された「日本という国の始まりと成り立ち」という色合いが強いことになります。
 その当時のコスモロジーは、古事記などの書物だけでなく、建造物の形や内部空間、そして四神相応など地理的な標にも反映されています。
 コスモロジーというのは、人間独自の世界の解釈の仕方であり、外からの文化の伝播による影響も大きいですし、砂漠と森など風土の違いも反映されます。また、大陸と島国の違い、同じ島国でも大陸からの距離によって、それは変わってきます。
 日本人や日本文化のルーツを特定の民族的資質に求めてしまうことは、ヨーロッパのゲルマン民族が人種的に卓越した存在であるという考えに取り憑かれていたナチズムや、太平洋戦争前の日本における「神州不滅」などの民族主義と、思考特性としては大きな違いがありません。
 また、学校教育の歴史は、かなり底の浅いものであることは確かですが、その内容を疑う人のなかには、古事記日本書紀などを藤原不比等の陰謀という一つの切り口で片付けてしまう人もいます。
 歴史は、それほど単純なメカニズムで動いているわけではなく、どの瞬間でも重層的で、その層の一つひとつに分け入って向き合うことでしか、真相に近づけないでしょう。
 過去を単純化することは、現代や未来も単純化する思考と裏表で、そうした「わかりやすさ」は、現代社会の多くの人が好む傾向ではありますが、その単純化によって失われていくものが、実際の生命活動の中では、とても大きな意味を持っているということを知っておく必要があるでしょう。
 医療で例えるならば、そうした単純化は対症療法です。細菌が病気の原因だからと、それを過剰なまでに遠ざけてしまい、かえって身体の耐性や抵抗力を失い、少しのことで重病に陥ってしまうということもあるでしょう。
 「わかりやすさ」で整理することに慣れてしまうと、複雑な出来事の前で思考停止とパニックに陥ってしまいます。「わかりにくさ」の重なりに世界の豊穣を見出す心構えができていると、答えが簡単に見つからないトラブルに直面しても、それを少しは面白く感じられる心の余裕につながるかもしれない。
 トラブルが当たり前の自由旅には、予定通りとリスク管理に重きを置くパッケージツアーにない面白さや、記憶の残り方があります。
 過去に対する向き合い方は、未来に対する向き合い方と同じであり、今回のワークショップセミナーは、この国の精神の始源、その成り立ちに焦点を当てて、探る場としたいと思います。

はじめに全てが混ざり合って凝集した世界があり、物事には区別なく、名前も無く、新たな事態は生じていませんでした。しかし、世界を天と地の二つに分けてからは、三神(縁起に関する一神と、むすびの二神)が成り、万物造化の隠れた仕組みとなります。そして、陰と陽という二霊の働きによって次々と万物が起こり、万物には、幽(かくれ)と顕(あらわれ)の出入りが生じます。その後、目を洗う(迷いを取り除く)ことで、日と月が成り、海水で穢れを落として、全ての神々が成りました。
 このように、暗くて見えない始まりのことでも、物事の成り立ちの理を教わることで、母なる大地が万物を孕み、島が生まれた時のことを知り、神聖なる先人たちの導きによって、遥かに遠い昔、神が成って人の世が成り立ったことを拝察いたしました。」
 (古事記序文 太安万侶

 

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