第1385回 オープンAIに起きている騒動は、人工知能の未来を左右するかもしれない。

人工知能の最先端の領域が激しく揺れている。

 現在のこの動きは、人間が人工知能を正しく管理できるのか、それとも人間は、人工知能を自分の欲と利益のために使おうとする競争のために管理できなくなり、けっきょく人工知能の僕になってしまうかの分岐点なのかもしれない。

 チャットGPTで世界中が注目するオープンAIのCEOだったサム・アルトマン氏が、四人の取締役会によって突然解任された。

 しかし、そのことに対して、投資家たちが反発するだけでなく、オープンAIの従業員およそ770人のうち700人余りが、アルトマンを解任した取締役全員の辞任と、アルトマンのCEOへの復活を求めている。

 この騒動のなか、オープンAIに莫大な投資を行っているマイクロソフトのナデラCEOが、敏速に動いてアルトマン氏を自社に受け入れるとともに、アルトマン氏に従う気持ちのあるオープンAIの全社員を雇用すると保証した。

 マイクロソフトのナデラCEOは、自社が莫大なお金を投資をしていながらも、他の企業も活用できる状態である非営利集団のオープンAIという組織を独占的に買収するのではなく、潰してしまい、自社の中に、その能力を吸収してしまうという、優れたビジネス判断を瞬時に行って、速攻で手を打った。さすがに、やり手の経営者だ。

 これに負けじと、様々な会社が、オープンAIの技術者達を好条件で雇用することを宣言した。

 大衆娯楽映画のストーリーならば、悪徳な取締役たちによる社長に対するクーデターということになるが、今回、社長を愛する社員が団結して、その悪徳取締役たちを逆に追い出すという勧善懲悪型のスッキリした展開というようにも見えるが、この場合は、そんなに単純なことではないだろうと思う。

 なぜなら、オープンAIの特殊な性質は、これだけ全世界が注目する組織でありながら、非営利団体であったことだ。取締役たちも株式など保有しておらず、彼らのこれまでの経歴を見れば、おそらくであるが、自分の利益のために取締役になっているというより、人工知能が人類にとって安全に使われるよう監視しながら牽制するために取締役になっているように思われる。

 取締役たちがアルトマン氏解任の理由として述べたのは、「アルトマン氏は取締役会とのコミュニケーションで一貫して率直ではなかった」という、非常に抽象的なものだった。

 その背景には、いったい何があったのか?

 その一つに、ベンチャーキャピタルのスライブ・キャピタル主導で、オープンAI従業員の保有株を、企業評価額860億ドル(約12兆8700億円)で売り出す計画を進めていたという、お金にまつわる動きがある。

 オープンAIの取締役たちは、オープンAI以外のところで稼げる人たちであり、だからこそ、人類の未来を健全なものにするという使命で、自分の利益に執着することなくオープンAIと関わることが可能だ。

 しかし、オープンAIの社員は、そうはいかない。彼らは、おそらく、人類の未来のことを考えるよりも、まずは自分の暮らしを今よりも豊かにしたい人が大半だろう。

 そして、アルトマン氏は、最近、従業員に対して、「規模を拡大して、何が起こるか見てみよう。それが何かがはっきりする前に規模を拡大することは超のつくほど価値がある」という内容の話をしていたようだ。

 こうした発言から、アルトマン氏は、何かしらの野望を抱くようになっていたように感じられるし、規模拡大という目的のために、ベンチャーキャピタルの言いなりになってしまう可能性がある。

 そして、これは明確なことだが、ベンチャーキャピタルは、人類の未来のことなんか考えておらず、目先の利益しか追わない。彼らは、自分の利益のことだけでなく、自分にお金を預けている人たちの運用益を上げなければいけないという使命があるからだ。

 オープンAIの取締役達が述べている「アルトマン氏は取締役会とのコミュニケーションで一貫して率直ではなかった」という言葉が、いったい何を具体的に指しているのかは想像するしかないが、こうしたベンチャーキャピタルとのやり取りも含まれているのではないだろうか。

 そして、このベンチャーキャピタル主導のマネー計画は、優れた技術をもっているとしても精神的には世俗的な従業員にとっては、非常に大きな期待を寄せるものだった筈だ。さらに、世俗的な人たちは、アルトマン氏の掛け声である「規模を大きくしよう」という言葉を熱狂的に受け入れる。自分が保有する株に、さらに大きな価値がつくし、自分の居場所がでっかいほど優越に浸れるのが、世俗的な人間心理だ。

 だから、オープンAIの圧倒的多数の社員が、アルトマン氏を支持して、アルトマン氏を解任した取締役たちを追い出そうという動きを起こし、それに取締役が従わなければ、アルトマンとともにマイクロソフトに移るぞという揺さぶりは、ハリウッド映画によくあるような単純な勧善懲悪物語の展開とは異なるような気がする。

 話が飛びすぎるかもしれないが、3200年ほど前、ヒッタイトという国が滅んだ。ヒッタイトは、世界で最初に鉄技術を開発したと学校の教科書で習うが、そのヒッタイトが、鉄の技術を秘匿していたことを、学校の先生はあまり説明しない。実際の戦闘では、鉄の兵器を使っていたわけではないということも。

 人類史の中で肝心のポイントは、ヒッタイトが滅亡した後に、秘匿されていた鉄の技術が周辺諸国に流れ、鉄の兵器製造の競争が起きて、戦闘力と破壊力が凄まじいものになったということだ。その象徴が、軍事国家アッシリアの暴虐であるが、アッシリアの時代はすぐに終わり、新バビロニアが、その座を奪った。

 3000年ほど前、人類にとって新しくて危険な技術の急速な普及と無秩序な濫用で世界が一変した。聖書の中に描かれている「黙示録」などは、この時代の記憶が元になっていると思われる。

 なぜなら、新バビロニアの王ネブカドネザル2世によって、 第1回は前597年、第2回は前586年に、バビロンを始めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され、移住させられユダ王国ユダヤ人たちは、その時の葛藤の中で、民族としてのアイデンティティを徹底的に考え、失われた故郷(エルサレム)の神殿ではなく「律法」を心の拠り所とするユダヤ教を確立していき、聖書の内容を整えていったからだ。旧約聖書の中に登場して、バビロンに捕囚された者たちに悔い改めと希望を唱えた預言者のエゼキエルも、バビロンに捕囚された一人である。

 3000年前の鉄技術と、現代のAIは、人類にとって同じような意味合いがあるような気がする。

 もしかしたらヒッタイトは、鉄技術が、無秩序で管理できない状況に置かれることの危険性を強く感じ取っていたのかもしれない。

 現在のAIもまた、人類の未来を健やかなものにするのか、そうでないのかと、様々なところで議論されている。

 しかし、そうした議論の時、誰がAIを無秩序に普及させていくのかという問題が、深く議論されていない。

 ハリウッド映画などでは、大企業とか政府とかの巨大悪徳組織が、AIを使って善良なる多くの一般人を奴隷のように扱うというイメージが作られており、それらの組織に、そういう悪いことをさせてはならないという牽制意識は、一般的にはもたれている。

 それでも人類は、ダメだとわかっていながらも、その方向へと突き進んでしまうことがあるのだが、それを主導するのは、果たして特定の悪徳組織なのかということを考えなければならない。この問題は、戦争においても同じである。

 現在、オープンAIの周辺で起きていることは、もしかしたら、なぜ人類は、ダメだとわかっていながらも、その方向へと突き進んでしまうのか、という問いに対する一つの真相を、少し垣間見せているかもしれない。

 アルトマンと、アルトマンを支持する社員達が「善」で、アルトマンを解任した取締役たちが「悪」というふうに単純に受け取ってはいけない。

 だからといって、アルトマンを支持する社員達が悪人ということではなく、おそらく精神的には、普通の人たちが多いだろう。

 普通でなく異能であれば、組織の一員になるより、起業家を選ぶ。アルトマンにくっついてマイクロソフトに流れるということもしない。彼らは、もしかしたら、非営利団体のオープンAIの取締役を引き受けた者たちよりも、自己の保身や自己の利益に敏感で、周りにそれを期待してしまうタイプなのではないか。

 そして、今回、その世俗的な無名人の集団の力が、AIの行末を左右しかねない展開になっている。

 彼らの全員が、アルトマンにくっついてマイクロソフトという営利企業に簡単に吸収されてしまうのか、それとも、オープンAIの取締役たちを辞任させてアルトマンをCEOに復活させ、ベンチャーキャピタル主導の錬金術で、自分たちの保有株を、莫大なマネーに化けさせるのか。

 どちらにしろ、AIをマネーゲームに巻き込まれないようにするという牽制は、働かないということだ。

 悪徳組織ではなく、世俗的な集団が、人類の方向性の鍵を握っている。人類というのは、「個」の力ではなく「集団」の力に、その本質がある。

 集団の意識が変わらないかぎり、人類は、ダメだとわかっていながらも、その方向へと突き進んでしまう。

 聖書のなかで、預言者たちがしつこく説いているのは、そのことに尽きる。

 

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