人によって色々な生き方があるし、何をもって自分の人生を満足なものとするか、人それぞれだ。
友人の奥さんが肺癌で亡くなったと連絡があった。正月に会った時、咳の音がよくなかったので、覚悟はしていた。五年前に癌だとわかったものの、去年の春先までは、比較的良好だった。
抗癌剤を使わなかったためか、入院ではなく、ずっと自宅で療養していた。苦しんだ期間は、それほど長くなかったのではないかと、友人と話をした。
亡くなる二日前まで意識もはっきりしていて話もできたそうだ。
「先に天国に行って待っててね、残された仕事を成し遂げたら傍に行くから、その時には、天に引っ張り上げてくれ」と言ったら、無邪気な少女のような笑顔で頷いたと言う。
墓は作らず、富士山の見える家の周りに散骨するらしいので、富士の周りで生きてきた人生の軌跡を、私が一冊の本にするよと約束した。
昨日の家族葬の時も、遺影を一枚だけではなく、若い頃の写真も含めて、壁に数枚の写真を展示したことだし。
友人は、妻に先立たれてから三日しか経っていないが、これをやらないと妻を成仏させてやれないような気がしてきたので、すぐに、彼女が写っている写真を探し、まとめだした。
今はもう傍にいない人の人生を振り返りながら写真を見ていくのは、色々なことが思い出されて、人によっては辛いものがあるが、現世からいなくなっても魂が傍にいると信じていれば、あの時は楽しかったねえと語りかけることもできる。
とくに波乱万丈の人生だった場合ほど、一緒に振り返る時は、楽しい。ほんと、あの時は無茶したよなあ等と。
彼女がまだ元気だった三年くらい前、友人と二人だけで家を建てた時の写真を見ながら、「面白かったわ、楽しかったわ」と懐かしんでいた。
大地の上に、長い木材が数本横たわっていて、そのそばに小さな人間が二人だけ立っている写真だが、二人で柱の両端を持って運んだのだそう。
家を建てる前の更地と、立派な家が立った後の二枚の写真は、誰でも感慨深いものがあるが、ましてや自分たちだけで作り上げたとしたら、これほどの達成感と満足感は、他にないだろう。
この夕焼けの富士山の写真は、二人の家から私が撮ったものだ。
自分たちで建てた家の借景が、この風景なのだから、これ以上の贅沢はない。
プール付きの高級ホテルに泊まって優雅に過ごしたことを良い思い出として語る人もいるが、彼女は、一緒にインドに行って、ものすごい人混みの旧市街を歩いた時のことなどを嬉しそうに話していた。
ちょっと怖かったり、トラブルに巻き込まれたり、自分の思うようにいかなかった時のように、なにものかに翻弄され、試練を与えられていた時の体験が、後になると不思議なほど懐かしく、楽しく思い出されることがある。
彼女は、世間並みの型にはまらない生活や人生が、心の底から楽しいと感じていたようだった。
そして、そういう型にはまらない自由な生活を続けるために、彼女は、よく働いていた。友人の本の販路を開拓し、売り込み、在庫や金銭的な収支は全てきちんと管理し、友人が、写真を撮ることだけ考えればいいような環境を作っていた。
彼女が癌だとわかった時から、この日が来ることは、ある程度は覚悟はしていたが、彼女がいなくなってしまうと、友人は大丈夫だろうかと心配だった。
もちろん、今も心配ではあるが、話をしていると、心の中は悲しみでいっぱいだが、落ち込んで無気力になってしまっているわけではないようだ。
やるだけのことをやったら、自分も、この世から消えてなくなればいいんだからと。
病院ではなく自宅で一緒に過ごしていたために、少しずつ弱っていくことはわかっていて、その過程で、話したいことや話せることは十分に話し尽くしたと言っていたので、そうしているうちに、覚悟が、少しずつ整えられていったのかもしれない。
だから、最後の迎え方としては悔いがないのだと本人は思っている。
人は誰でも死にゆく宿命なので、死をどう受け止めるかは、納得感だけの問題かもしれない。
一緒に過ごした時間が懐かしく思い出されて、悲しすぎるのだけれど、それでも、悔いはないよね、と言えるかどうか。
友人として接していた私でも悲しいのだから、パートナーに先立たれた彼の悲しみの深さは、相当なものであることは間違いない。
それでも、先に逝ってしまった大切な人が、悔いのない人生を送ってくれたと思えるかどうか。そして残された自分の人生を、悔いなくやりきろうと思えるのかどうか。
きっと祈りのように浄化された心が、今後の彼の人生を支えるのだろう。
彼女のために作る本のタイトルは決まっている。
Eventful Life だ。
波乱万丈だったけれど、色々と面白かった人生。
(with no regrets.)は、わざわざ付ける必要はないだろう。
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