第1290回 世界の三大リスクと、AI技術

国際情勢のリスク分析を手がける米コンサルタント会社が、今年の世界10大リスクとして、1位にロシア・ウクライナ戦争、2位に中国の習近平国家主席の権力独占をあげているのは、まあ多くの人が共有しそうなことだが、興味深いことに第3位として、人工知能(AI)の技術開発により報告書の文章などを自動生成する技術がさらに発展し、社会に偽情報があふれ「大半の人々には真偽の見極めができなくなる」としている。

 昨年の末、Chat GPTというAIを使った文章作成ソフトが公開され、とくにアメリカなどで短時間にソフトのダウンロードが集中して話題になった。私も、さっそく試してみたが、想像以上の出来で、今でさえこのレベルに達しているのだから、数年後はどうなるのだろう? と驚いた。

 同時に、日本の”事物を頭に詰め込むだけの教育”は全く無意味になると、今まで以上に確信したし、大学などにおける単位取得のための論文作成が、このソフトを使えば、お手軽にできるようになると感じた。

 それはともかく、こうした AI技術によって、「大半の人々には真偽の見極めができなくなる」という時の”真偽”とは、いったい何を指しているのか?

 オレオレ詐欺のような明らかに人を騙して損害を発生させるようなケースでは、真偽の判断は簡単だが、世の中には、真偽の判断が難しいケースが膨大にある。

 たとえば、多くの人々が関心を持つ健康情報。「科学的証拠」という言葉で武装されたインチキ商品のなんと多いことか。

 また、ブランド品のコピー商品は「偽」だとはっきりしているが、だったら、ブランド品は、「真」なのか?

 お金持ちでもないのにブランド品を買い漁る中毒症状に陥っている人が多くいるが、そうした現象は、ブランド品が作り出している「偽」の幸福や優越によるものではないか?

 政治家が、選挙に勝つために自分が有利になるよう情報操作をすることは誰でもわかる偽であり、それがバレると、世間は大騒ぎする。

 それに対して、学会で、権威的な立場にいる学者が、自分のポジションや名声を守るために、新しい説を出す人を異端扱いをしたり、色々な理由をつけて封じ込めてしまっても、世間の人は、自分の利益と直接的に関わりがないケースでは興味を持たなかったり、そもそも気づくこともない。そうした権威的操作は、どうなのか?

 地球温暖化問題においても、化石燃料を使う自動車を電気自動車に変えろと主張する声がEUなどに特に強いが、電気自動車のためのリチウム電池を作るために化石燃料が必要で、かつ、リチウム資源が、化石燃料に比べて、かなり偏った地域に依存する必要がある(ほぼ中国が独占)ことが伏せられているという「偽」は、どうなのか?

 現在の文明生活を続けていくことは大いに問題があるが、温暖化=二酸化炭素の排出と単純化して、他の可能性を排除してしまっている原理主義的な「偽」はどうなのか?

 北海道の縄文遺跡は、暖かい海で育つ貝が多い貝塚と、冷たい貝が多い貝塚の場所が異なっており、縄文時代のなかでも、かなり温暖な時期と寒い時期があり、そのたびに海岸線の位置が違っていたことがわかっている。縄文人が、二酸化炭素の排出の多い暮らしをしていたわけではないのに。

 そして、「数学」に支配された現代の宇宙論は、数年前、「ヒッグス粒子の発見」が世界的に大きな話題となった。

 大半の人にとって、何ものかがよくわからないヒッグス粒子だが、専門家の中では、数学的に存在が仮定されるヒッグス粒子が本当に発見されれば、最先端の数学的宇宙論の正しさが証明され、宇宙の構造が解き明かされるとしていた。

 そのヒッグス粒子とやらを発見するために、巨大な粒子加速器を建設し、莫大なエネルギーを使って、実験が繰り返されていた。

 「ヒッグス粒子発見!」のニュースが世界中を飛び回ったのは、欧州にある巨大な粒子加速器の運営のための費用の大きさが問題となっている時だった。

 世紀の発見とされた「ヒッグス粒子発見!」のニュースの後、私たちの宇宙認識に、何かしら変化があっただろうか?その後、専門家のあいだで、何か画期的な仕事があったという話も聞かない。

 火星探索においてはどうだろう? 

 水と酸素さえなんとかすれば火星が移住先になるかもしれないなどと伝えられているが、大気のバリアがない火星が、猛烈な宇宙線に晒されていることや、地球の台風とは桁外れのエネルギーを持つ磁気嵐の存在が伝えられない。

 火星の表面にある渦巻きは、地球上の竜巻のような大気の動きではなく、磁気嵐だ。送電線の近くに住むだけでも頭痛がする人がいて、そうした場所に立つ家は敬遠されて安くなっているのに、その何千倍、何万倍もの規模の電磁場のなかで生活しようと思う地球人がいるはずがないし、原発事故での放射能漏れを恐れる地球人が、コロナウィルス対策のマスク着用でも億劫なのに、宇宙服を着ていないと宇宙から降り注ぐ放射能を防げない環境で、幸福で快適な暮らしをできるはずがない。サハラ砂漠や南極の方がよほどマシ。人口減少が深刻な問題になっている日本の山間部などの過疎地域は、火星に比べれば天国だ。

 火星移住をロマンのように語る輩は、予算が欲しいだけで、そのためには税金を使わなければならない。そして、火星探索の技術は軍事に転用できる。防衛費予算だと目立ってしまうから、科学技術の振興や人類のロマンのために税金を使うというロジックが作られているのだが、そうした偽を、どれだけの人が認識しているのか?

 人工知能(AI)が発達しようがしまいが、すでに、「大半の人々には真偽の見極めが難しい」状況になっている。

 そして、人工知能(AI)による文章作成技術の発展で、こうした「偽」に対して、無防備に、真に受ける人が増える可能性はある。

 最近、私が出版関係の仕事をしているからだと思うが、「ライター派遣」というメールが届く。

 なにやら、ライターを1万人以上抱えている会社があるようで、媒体の必要に応じて、最適なライターに文章を書かせることができるようなのだ。

 おそらくシステムとしては簡単なことで、どこかのサイトに、ライター希望者を登録させているのだろう。

 そして、私のような出版関係者から発注があれば、そのサイトで、その登録者たちに、その内容で文章を書ける人がいるかどうか問いかけるのだ。料理についてとか、セレブについてとか、旅情報とか、いろいろ得意分野もあるだろうし、取材が必要なら、地域性も関係してくる。

 翻訳の仕事でも、似たようなものがあるし、写真もそうだ。

 そして、その登録ライターたちは、これまではネット上の情報を借用したりして、それなりの形の文章に整えることで、報酬を得てきた。

 今後は、人工知能(AI)による文章作成技術を使う人が増えるだろう。

 もはやライター業に専門的な情報知識や経験が必要がなくなって参入障壁が低くなるから、競争相手も増えて、報酬も少なくなる。名刺の肩書きを、「ライター」とか「文筆業」とする人ばかりが増える。他の業種でも、似たようなことが起きている。

 こうした状況が加速すると、「ものを知っている」とか、「ものを知っていない」ことの境界が、わからなくなる。

 「ものを知る」というのは、誰かが言っていることを受け売りすることではなく、真偽を「判断する」ことなのだが、世間でまかり通っていることが正しいことで、自分が感じていることや考えていることよりも、そちらを優先するという自己暗示みたいなものがかかってしまうと、ますます判断ができなくなる。

「自分は世の中のことを何も知らない」という劣等意識があるから自分で判断するのが難しい傾向が強くなるのだが、「世の中のことを何も知らないけれど、自分で考えて判断したい」という強い気持ちを持ち続けることこそが、実は、本当の意味で、「世の中のことがわかっている」ということではないか。

 人間に限らずどんな生物においても、「自分が生きている世の中のことを、わかっている」ことによって、生存の危機を免れている。

 そうした生存の危機に対する感覚は、本能的なもので、この本能が弱くなっている生物は、生きていけない。

 つまり、「世の中のことをわかっているかどうか」というのは、どれだけ雑学を身につけているかではなく、生存の危機を察知するセンサーを失っていないかどうか、の違いということだ。

 「世の中のことを何も知らないけれど、自分で考えて判断したい」という気持ちは、簡単に騙される人間になりたくない、という意識の表れであり、生存の本能からくるものだろう。

 AI技術が、この生存本能を侵してくるようなら、それは、その人にとっての危機だ。

 「人類の危機」とか、「世界の危機」とか、大きな言葉が使われる時も、だいたいにおいて、「偽」が潜んでいる。

 そういう大きな言葉の前に、人類のことや世界のことを、どれだけ自分ごととして引き寄せているかを、その人のほかの言葉で判断する必要がある。その人が、どれだけ、人類のことや、世界のことをわかっているのか、その認識の深さを知る必要がある。

 誰かが言っているようなことを言っているだけの場合は、その人なりの世界や人類に対する認識は、とても浅い。その人なりの認識が浅くなるのは、自分に引き寄せて、人類や世界のことを考えてきていないからだ。

 生存の危機を察知するセンサーが健全に機能していれば、物事を自分に引き寄せて考えていない人の言葉は、あまり信用しない方がベターだと反応する。

 そういうセンサーは、他者に対してだけでなく自分に対しても働くから、そのセンサーが機能していないと、自分を偽っていることに対しても気づかなくなる。

 

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