第1423回 もののあはれ源流を辿る。

 風の旅人の第50号の巻末で、次号の告知として「もののあはれ」と示したものの、けっきょく、雑誌として作ることができなかった。

もののあはれ」について、「しみじみとした情緒や気分」とか、「形あるのは、いずれ姿を消す」といった程度で説明されることが多いが、その程度の概念ならば、日本庭園とか茶道とか中世の日本文化をカタログ的に並べて、「もののあはれ特集」はできるだろうが、そんな安易なことはやりたくなかった。

 NHK大河ドラマの「紫式部」に対して、私が、いろいろ批判的なことを書いてきたのは、源氏物語と「もののあはれ」は切り離せないものなのだが、今日の文明社会において、この「もののあはれ」の重要性が、ほとんど考えられていないからだ。

 以前の投稿で、人類の文明に関する一つの重要な法則のことを書いた。

 人間が共通文字を使い始めた社会において、500年ほどで文明のピークに達するという法則だ。

 古代ギリシャ人は、3000年前にフェニキア人が発明したアルファベットを実用的に使用しながら技術や知識を共有化していったが、2500年前にアテネを中心に文明のピークに達し、プラトンソクラテスなど哲学者が登場した。

 古代中国は、3000年前に、周という国が、殷の時代に発明されていた甲骨文字を実用化し、技術や知識を共有化していき、2500年前、一つの文明のピークに達し、孔子老荘思想が登場した。 

 その文明水準の高さは、春秋・戦国時代の動乱を勝ち抜いた秦の始皇帝が残した兵馬俑などの歴史的遺物を見れば明らかである。

 そして、この東西の古代文明圏で、2500年前の文明のピーク時に共通した思想が生まれた。それは、ソクラテス無知の知であり、老荘思想の無の思想だ。

 いずれも「無」や「空」というコスモロジーとつながっている。

 日本においても同じで、今から1500年前に発明された訓読み日本語が、知識や技術の共有化を促進した。カタカムナなどの古代文字が存在した云々の議論はあるが、文字において重要なポイントは、その文字が神聖文字の範疇にとどまって一部の神職だけが使用していたのか、それとも、広く一般的に使用されていたかの違いであり、その意味において、日本の文字普及は、1500年前を起点としている。

 日本は、1500年前から共通文字が一般化されていったが、古代ギリシャや古代中国と同じく500年後の西暦1000年頃、「源氏物語」が書かれた。これは、ソクラテスプラトンの哲学や老子荘子の思想と同じく、日本という文字文化圏のなかで最高峰の思想文学である。 

 1000年前の日本が、文明の最高地点に達していたと言っても、ピンとくる人は、あまりいないかもしれない。

 たとえば技術にしても、インターネットやコンピュータ技術が、人間が作り出す技術の最高だと思っている人が多いが、それは違う。価値の置き所の違いによって人間は作り出すものが違うだけであり、刀剣に関しては鎌倉時代が最高峰とされるが、織物や染色において、平安時代は、現代ではとても再現できないものを作り出していた。

 京都室町で創業300年ほどになる帯匠の誉田屋源兵衛の十代目当主 山口源兵衛さんとは、よくこのことを話すのだが、源兵衛さんは、いにしえの織物や染色の技術を目標にしているが、江戸時代なら、まだなんとか。桃山時代となると、遥かなる高み。それ以前となると、もはや神の境地だと言っている。

 十二単などにしても、12枚の重ね着の重さで女性が拘束されていたかのように思っている人も多いが、それはありえず、一枚一枚が、空気のように軽いのだ。

 そこまで辿り着いていないがという前提で、源兵衛さんから、空気のように軽い絹織物に触れさせてもらったことがあるが、現代文明の衣服とは別次元だった。色彩にしても、源兵衛さんに本物の茜色を目の前で見せてもらったが、色の概念が覆された。それはもはや色ではなく、なんというか、恍惚のなかに引き込む力のある神霊のような気配だ。

 人間というのは、極めていくと、常識では計り知れない、神霊の仕業かと思うようなことを成し遂げる。そういう潜在的な力を人間は秘めている。

 そして、その文明の一つのピークの平安時代に生まれた思想が、無の思想などに通じる「もののあはれ」であり、その具体化が、源氏物語なのだ。

 平安時代にかぎらず、古代インカのサクサイワマン遺跡など世界中に、現代の技術でも再現不可能な遺物は、いくらでも残っている。

 繰り返しになるが、共通文字を使い始めて500年ほどで、人間は文明の極点に達する。現代の欧米文明においても同じで、今から500年前のグーデンベルグ活版印刷の発明こそが、文字普及の起点であり、それ以前、一般の人々は、生活のなかで文字を使っていなかった。

 だから、それから500年経った今も、欧米文明のピークである。

 ただし、いつの時代も、文明の形とか、その文明圏の人間が追究するものには多少の違いがある。コンピューターが、人類の歴史上の文明の最高点ということではなく、現代文明の思考特性(デカルトから始まる)の必然的帰着にすぎない。

 しかし、文明の形は違えど、芸術や思想は、ある程度の共通性と普遍性がある。だから、異なる文明圏の芸術や思想でも、心に訴えてくるものがある。芸術や思想は、人間が、自分が生きている世界をどう捉えて、どう生きようとするかの反映で、これに関しては、人間の脳の働きとして、共通のものがあるからだろう。 

 興味深いのは、現代文明の中において、欧米の先鋭的な思想家や芸術家が、日本文化に強い関心を示してきたことだ。19世紀末の印象派などの美術、20世紀に入ってレヴィー・ストロースなどの思想家、20世紀後半には、多くの欧米の映画監督が小津安二郎を崇敬している。

 現代文明もまた、上に述べたように、グーテンベルグ活版印刷による文字の普及から500年で、文明のピークに達しており、ソクラテス老荘思想が現れてもおかしくない状況だからだ。

 ただ、ソクラテス老荘思想は2500年前だが、日本の「もののあはれ」は現代に近いところにある。「もののあはれ」は、平安時代の賜物だが、日本の中世文化は全てこの影響下にある。能や俳句や禅をもとにした庭園や茶道その他すべて、海外の人たちが「日本文化」として評価しているのは、すべて同じ流れの中にある。

 現代文明の問題を痛切に感じ取っている欧米の先鋭的な芸術家や思想家にとって、身近なメルクマールは、ソクラテスの哲学ではなくて、日本の「もののあはれ」なのだろう。

 そういうことを考えて、私は、「風の旅人」の第50号の巻末で、次号の告知として「もののあはれ」を構成すると書いた。しかし、雑誌という形では、できなかった。

 現代文明の中にどっぷりと身を置いている私自身が、日本の古層に対して疎かったからだ。理屈として多少わかっていても、実感としてわかっていない。

 そこから、雑誌媒体はやめにして、一人の人間として、日本の古層に潜り込んでいく旅が始まった。2015年の10月が風の旅人の最後の号で、2016年の10月から、ピンホールカメラを手に日本中の古層をめぐる旅を続け、7年が過ぎた。そのあいだに、4冊の本を作った。

 今、次の本の構想を始めているが、4冊目の「始原のコスモロジー」で、1500年前の日本のかなり深いところまで降りていったという実感があるので、次は、1000年前の「もののあはれ」が、重要なテーマになる。

 つまり、ようやく、2015年の10月にやり残したことを、形にしていく段階にきたということ。

 あの時に巻末に書いた言葉を、今あらためて読んで少し驚いたのは、最新刊の「始原のコスモロジー」の巻末に書いたことと、ほぼ変わらないことだ。

 最新刊の「始原のコスモロジー」は、年末に能登半島を一周して、その時の写真も5点ほど入れて、年末に完成した。その後、シンクロするかのように能登大震災が起きてしまった。

 2015年の10月の風の旅人第50号の巻末に書いたことは、次の内容であり、これはそのまま、少しずつ作り始めている日本の古層vol.5「 もののあはれの源流を辿る。」に通じるものだ。

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 この世の生は、思い通りにならず、「仕方がない」と思うことも多い。

「仕方がない」というのは、絶望して消沈してしまうことではなく、わずかな可能性の中でも生きる力を見出そうとする祈りに似た気持ちが反映されている。

 つまり、自分が陥っている状態に心をとどめず、気持ちを切り替えようとする意思を含んだ言葉だ。

もののあはれ」を知ることも、単なる無常観ではなく、西行の言葉によれば、「およそあらゆる相これ虚妄なること」を知ることであり、心を一つの概念に固定させないということになる。

 ”もの”は、物とも霊とも書く。「物」という漢字は、今ではただの物体という意味でしか受け止められていないが、そもそもは、「牛」と「勿(なかれ)」である。

 「牛」というのは、古代、豊穣のシンボルであり、人間にとって最も大切な生物であったが、その牛を敢えて生贄として神に差し出していた。だから、「犠牲」という字には、「牛」という字が入っている。

 そして、「勿」は、もともとは仏教用語であり、世の中の物事すべては、みなお互いにもちつもたれつの関係で自分単独ではありえず、すべてが縁でつながっている状態のことを指す。ゆえに、「勿体ない」は、ただの節約ではなく、縁を損なっていないかという後ろめたさが含まれる。

 縁のつながりというのはデリケートで、はかないけれども無限のグラデーションがあり、「もののあはれ」というのは、そういう世界の摂理を自分ごととして受け止め、それを愛しいと思いながら、謙虚に自分の役割を知る感覚のことだろう。

 西行の歌、「なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる」

 は、もののあはれの本質をよく表していると私は思う。

 みずからの存在を、”かたじけない”と感じる瞬間というのは、自分がそこに存在することに対する申し訳なさと、有り難さの両方が混じっている。

 その感覚は、自分が拠り所にするものへの傲慢な執着によって様々な歪みを生み出しやすい人間にとって真に大事なものであり、日本人がその感覚を少しでも維持し続けているのなら、それこそが、日本が守るべき道徳文化なのだと思う。

 

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最新刊「始原のコスモロジー」は、ホームページで、お申し込みを受け付けています。

https://www.kazetabi.jp/

また、2月17日(土)、18日(日)に、東京にて、ワークショップセミナーを行います。1500年前および源氏物語が書かれた1000年前の歴史的転換点と、現在との関係を掘り下げます。

 詳しくは、ホームページにてご案内しております。