ミニマムの時代の物作りと販売 1

 久しぶりに理髪店で髪を切ってもらいながら、ラジオ番組のインタビューに耳を傾けていた。

 ”一人家電”の事業を興した若い人の話だった。これまで分業が当たり前の家電分野で開発から設計まで一人でやり、実際に製造をしてくれる下請け工場を探したものの、大手としか付き合わないと何社も門前払いを受けながら、それでも諦めず、Facebookの中小の製造業社の集まるページに自分も参加し、そこで縁をつくり、製造を実現したという話。さらに、そのようにできた製品をオンラインで販売していること。一人で行なっているために、商品は2つほどだが、その2つの販売をコツコツと積み上げているという内容だった。

 大手企業の生産工場が、かつてのオートメーションラインから、セルシステムとかコンパクトラインになり、分業の仕事現場がどんどんと統一的になっていることは知っていたが、一人家電のことは知らなかった。

 家電の一人開発、一人販売が可能になったのは、時代の恩恵だ。かつて数百万、数千万円もした設計ソフトが、数万円になっているし、3Dプリンターで簡単に試作もできる。そして、Facebook等でパートナーを探し出し、オンラインサイトで販売できる。
 農業や漁業の分野でも、生産と販売が一体化したモデルが、どんどん出来つつあり、流通(生産者の個性を許さず、混ぜて販売)と金融(農家を借金漬けにする)を牛耳っていたJA全農等を脅かしている。
 生産・製造・販売一体型モデルの大きな特徴は、中間マージンが発生しない為に、利益率が高まることだ。それと、作り手の顔が見え、買い手と直接つながることができる。
 もちろん、大きな流通網を利用しないことで販売数が減る可能性もある。しかし、従来よりも少ない販売数で採算ラインを突破できれば、以前よりも安定した運営を行なうことが可能になる。大量の商品を用意する為には、それなりの設備や人員も必要で、投資金額が大きくなるからだ。
 3Dプリンターの登場で社会にどのような変化が起るかを、IBMの研究者達が調査・分析した結果、驚くべきことに、従来の10分の1の数で損益分岐点を超えるという結果が出た。この調査結果は、衝撃的なものだ。
 つまり、今まで100万個売れないと採算性がとれなかったものが、10万個でいいということ。100万と10万だと、マーケティングも宣伝手法も大きく異なる。20世紀的な規格品の大量生産・大量販売は、大量に売りさばかなければ事業が成立しなかったから、派手な宣伝広告も必要で、その為、広告会社やマスメディアも潤い、その影響力も大きくなった。
 しかし、大量に作る規格品というのは、どんな人にも平均的に合うという無難さが条件になるので、買い手に、すごく満足されることもない。だからすぐに買い替えてもらえるので消費経済が活性化するという構造。それを繰り返していると、次第に、消費者に欲求不満が高まってくる。だから、物が次第に売れなくなって当然。にもかかわらず、アベノミクスは、従来と同じ発想で消費経済を刺激しようとしているが、うまくいく筈がないと断言できる。まだ完全に切り替わっていないが、時代は、確実に変化しつつあるのだ。
 従来よりも少数で採算ラインに乗る一番大きな理由は、3Dプリンターや設計用のソフトなど、生産、製造の初期コストが大幅に減ることだ。
 実は、本作りにおいても同じことが起きているのだが、出版社は、あまりそのことを表に出さない。
 実は、印刷コストが、15年程前に比べて大幅に安くなっているのだ。インク代、紙代、製本代は、そんなに安くなっていないが、製版フィルムを作るコストが、デジタル化で安くなっている。
 製版フィルムというのは、1000部作ろうが1万部つくろうが、数に関係なく作らなければならない印刷用の版のことだ。
 たとえば、風の旅人の場合、150ページあるので、15年前のアナログ製版の時代は、製版代だけで、オールカラーの場合、おおよそ1000万円かかった。さらに、製版の前のデザイン版下制作というのがあって、今はDTPシステムで修正なども簡単だが、かつては大変な労力だった。このコストを足すと初期段階で1200万円くらいになっただろう。この上に、印刷部数によって変動する紙代、インク代、製本代が加算された。
 もし1000部しか作らないと、価格は、最低12000円+紙代+インク代+製本代とうことになる。この上にデザインとか、制作費がかかってくるのだ。そして、編集者の人件費や事務所費もかかる。
 だから、この本を1000円くらいで売ろうと思うと、最低50000万部は作らなければならないし、広告も掲載しなければならなかった
 しかし今では、製版代と版下代は、1200万の10分の1の、120万円ほどでできる。もし1000部しか作らないと、価格は、最低1200円+諸々ということになる。
 15年前は、もし1万部作るならば、価格は、1200円+諸々。今は、120円+諸々で、価格差は1000円程度ということになり、そんなに大きな違いはない。
 それが千部の場合、15年前には12,000円+諸々だったのが、今は、1,200円+諸々ですむわけで、価格が10,000円以上も安くなる。
 つまり、技術発展によって、少数生産のメリットが飛躍的に増大したということ。
 少数生産ですむのであれば、流通も変えられる。10年前のように、大量生産に対応した流通を使って、40%(書籍取り次ぎ流通の中間マージン)もコミッションを多くとられる必要はない。しかも、本の場合、委託制だから、売れなかったら返本されるというリスクもある。雑誌の場合、一度返本されれば終わり(単行本の場合は、戻されても何度か流通に入れ直すことは可能)だから、10000部売ろうと思えば、20000部は作らなければならず、返本された10000部は断裁処分になる。
 これが、直接販売ということになれば、中間マージンは発生しないので利益率が高まるし、返本リスクもない。
 本の制作・販売は、変化の最中にある。既にAmazonの登場によって、販売の仕組みは大幅に変わりつつあった。
 出版社に勤めていた人が独立して、こだわった本を編集・制作し、少部数販売することは増えてきているが、依然として書籍流通会社を通していることが多い。
 そういうアプローチができるのは、印刷コスト等が安くなっているからなのだが、こだわり本ということで1000部〜3000部を目標設定にし、にもかかわらず、書籍流通会社に中間マージンをとられてしまうと、永久に利益は残らない。
 なぜなら、単価1600円として、1部売れることで出版社には960円しか入らず、3000部売れても278万にしかならない。そこから印刷費、装丁、デザイン、印税を払って100万円くらいの利益になるかもしれないが、年に2冊ほどしか作れないと200万円。そこに、事務所経費その他のランニングコストがかかるので、自分の給与がほとんどなくなる。けっきょく、メディアがとりあげてくれて3000部の目標を大きく超える部数になる可能性に賭けるしかなくなる。
 しかし、どうせ3000部なのだからと直販できれば、480万円になるわけで、手元には300万円残るかもしれない。そうすると年間に二冊出して600万円。事務所経費とか支払って、何とか生活できるところまでいけるかもしれない。メディアにとりあげられるかどうかということに心を配る必要もない。
 あとは地道に、3000部を4000部、5000部にと増やす努力をしていけばいいし、この上乗せ分は、マージンが発生しないから、かなりの利益額になる。
 つまり、こだわりの本を作って、部数の見通しが3000部程度となると、書籍流通に40%の中間マージンをとられるかどうかが大きなポイントになるのだ。
 買い取りリスクのない書籍流通側は、似たような本が溢れている中で、こだわり本があることで彩りが増すので歓迎してくれるが、書籍流通を通すのであれば10,000部を目指すか、もしくは、価格を倍にしても売れるものでなければならない。
 しかし、1600円程度の単行本がズラリと並ぶ書店店頭で、1600円を3200円にしても、同じ部数が売れるかどうかの問題もある。


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