第1258回 足摺岬と室戸岬の違いと、死生観の違い。

室戸岬は、断崖絶壁の足摺岬と異なって、海と地面がひと続きになっている。

 

 四国の室戸岬足摺岬は、太平洋に飛び出した先端なので、同じような雰囲気のところかと思ったら、まったく違っていた。

 足摺岬は、断崖絶壁の上で、海面ははるか下にあったが、室戸岬は、大地の水平方向に海が広がる。

 足摺岬は、地の果てだが、室戸岬は、向こう側とこちら側の行き交いができそうで、神様がやってきて去っていくニライカナイのイメージは、室戸岬の方が強い。

 足摺岬は、死の世界への入り口というイメージがある。実際に足摺岬は、福井の東尋坊と並んで自殺者が多い場所であり、自殺の名所としての歴史は古い。足摺岬の先端には、地獄に落ちた先祖の慰め供養のための地獄の穴まである。

 四国は、死国でもある。なぜ死国なのか? それはおそらく、補陀落信仰とも関係している。

 補陀洛は、観音菩薩がいるところで、西の極楽浄土とともに、南の補陀洛世界が、仏教徒のめざす霊場なのだが、補陀落の修行

は、即身成仏と同じで、生から死への一方通行だ。

 修行僧は、南の海の果てにある補陀落を目指して船出するが、それは決して辿り着けない場所であり、船を操舵することもなく、お経だけを唱え続け、観音浄土に生まれ変わることだけを願い、大海を流される船の上で死んでいく。それは、決してこちら側に戻ってこない修行の旅となる。

 足摺岬は、熊野とともに、この補陀落信仰の聖地であり、まさに地の果てから、この世の果てに向かう場所である。 

断崖絶壁の足摺岬は、昔から自殺者が多かった。

 それに対して室戸岬は、青年時代の空海が悟りを開いた場所とされる。悟りを開いた空海は、修行のために生きるのではなく、現

実世界のために生きる。日本各地に空海による土木事業の伝承が残り、雨が降らない時、空海は、都で祈雨の祈祷を行なった。

 空海の道は、浄土に生まれ変わるための道ではなく、人間の欲すらも生命の力と受け入れ、この世に生きて、生きながら神のような存在となる道だった。

 平安時代を代表する僧侶として最澄空海のことを学校で習うが、最澄が、一人の偉大な僧侶にすぎないのに対して、空海は、この世からいなくなってからも弘法さまとして、神に等しく祀られている。

 幼名が佐伯真魚であった彼は、室戸岬の目の前に広がる空と海を眺めながら、空海という名を得たとされる。

 まさに、室戸岬というのは、空と海が等しく分かれ、そのあいだに自分が位置していることを実感させられる場所だ。

 足摺岬室戸岬が、なぜこんなにも違っているのか?

 その理由は、二つの岬の地質の違いによるところが大きい。

 足摺岬は深成岩の花崗岩でできている。地中深くでマグマが冷えて固まり、隆起した岩盤が花崗岩だが、花崗岩は、水の侵食に弱く風化しやすい。

足摺岬は、足摺岬は海蝕による洞窟、洞門が多い。この白山洞門は高さ16m、幅17mの大きさがあり、花崗岩洞門では日本一の規模。

 足摺岬の先端は、長い歳月をかけて、海によって削られてきたので、海抜の低いところは侵食されて残りにくい。

 それに対して室戸岬は、かなり特殊な地質であり、先端部分は、タービダイトと呼ばれる海底堆積物だ。

 洪水、地震による海底地滑り、津波、海底火山の噴火などで海底に堆積したものが、さらに太平洋の深海に押しやられると水圧で硬い岩石になる。その岩石が、プレートの移動で日本列島に押し付けられて、それが隆起したところが室戸岬の先端だ。

室戸岬。先端部分のタービダイト(海底堆積岩)。押し付けられて、異なる時代の地層が垂直になっている。

 洪水や噴火など起きた出来事によって異なる物質の堆積が繰り返されているので、年代によって地層の色が異なる。さらに、押し付けられて隆起したため、本来は水平に分かれる地層が、奇妙な形に彎曲したり、垂直方向を向いていたりする。現在も、室戸岬は、プレートに押し付けられて少しずつ上昇をし続けている。

 そして、室戸岬の先端から少し歩いたところから、はんれい岩の大地になる。

室戸岬。はんれい岩(マグマが地中深くで冷えて固まった)でできたビシャゴ岩。

 はんれい岩は、花崗岩と同じく深成岩で、地中深くでマグマが冷えてできた岩盤が隆起したものだが、花崗岩とは構成物質が違う。この岩は、花崗岩よりは黒っぽく、硬く、風化しずらい。

 だから室戸岬周辺のはんれい岩の一帯は、風化されずに残った奇岩が多い。海のそばのビシャゴ岩は、はんれい岩の塊だが、すぐ近くに、青年時代の空海が、居住し、修行をしたとされる御厨人窟がある。

 この洞窟から見える風景は空と海のみで、ここから「空海」の法名を得たとされるが、この場所で難行中に明星が口に飛び込み、この時に悟りが開けたと伝えられている。 

青年時代の空海が修行をした室戸岬御厨人窟

 室戸岬周辺は、ブラブラと歩くだけで、まったく異なる地質帯の岩石が作り出す奇怪な風景をいくつも見ることができる。それは、数千万年以上の歴史の痕跡であるが、それは、数万年しか歴史のない人類の心の深いところに働きかけるものがある。

 水平に均等に積み重なっていくのではなく、異なる事態が起きるたびに異なる層の積み重ねがあり、得体の知らない力によって激しく彎曲させられたり、波に削られるところと残るところがあったり、これ全体が、まるで歴史の形のよう。

 自分自身は、浜を埋め尽くす異なる種類の石ころの一つにすぎないが、それでも、その壮大な歴史の過程のなかで誕生したことは感じられる。

 足摺岬は、死の旅への出発点のようだが、室戸岬は、空と海のあいだに自分が位置することを悟る場所。

 

室戸岬のアコウの木。

 

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