第1319回 今年の土門拳賞と、写真表現の行く末について

昨日は、船尾修さんの土門拳賞の授賞式で、協賛企業や来賓の人のスピーチの後に、他の人があまり認識していない彼のこれまでの活動の軌跡についてスピーチをするのが私の役割だと船尾さんから言われていて、自分もそのつもりだった。

 しかし、選考委員の大石芳野さんによる総評の時に、今回の船尾さんの受賞作品について、他の選考委員から「ただのスナップ写真のようだ」と反対する意見もあったが、大石さん自身は強く推したという話が出て、その話が心に引っかかってしまい、スピーチの内容を少し修正して、船尾さんの表現が、ただのスナップ写真とは真逆のものであることを強調するという、友人代表としてはおかしなスピーチをすることになってしまった。

 もちろん、写真の見方は、人それぞれでかまわない。しかし、今回の船尾さんの満州の写真を、スナップ写真のようだからと否定する人が土門拳賞の審査員の中にいるというのは、写真界の将来を考えても非常に憂慮すべきことだと思う。

 というのは、作為が感じられない船尾さんの満州の建造物の写真を「ただのスナップ写真のよう」と判断する人の目は、写真に対する素人の目と同じで、敢えて人の目をそこに向けるような強調とか、敢えて人の心が強い反応を示しそうなシーンを切り取ったものが、写真として面白くて新しいと判断してしまう目だからだ。

 その面白い写真というのは、物だけでなく人の心さえ消費財のように扱う消費社会では受けの良い「自己表現のために対象を利用する写真」のことである。

 しかし、そうした「自己表現のための写真」というのは、現在では、フォトショップをいじったり、人に気づかれないように望遠レンズで狙ったり、相手の心に土足で踏み込んだりすることで、素人でも簡単に作れる。そんな写真は、素人写真も含めて、ネット上に氾濫している。その中には、強い印象を与えて、いいね!という支持を多数受けているものがあるだろうが、何度もじっくりと見返せば飽きてしまうものばかりで、見るたびに、その前は見えなかったものが見えてくるような写真ではない。

 素人の目で受賞作を決めるというのは、人気投票のようなもので、本を売りたいメディアにとっては都合が良く、各種の賞の選考委員の人選も、そういう傾向が強くなってきているが、それが、表現界の未来にとって、健全なことかどうかという問題がある。

 さらに、土門拳賞の選考の過程で、「なぜ今さら満州なのか」といった意見も出たという話を聞いて、愕然とした。

 これは、私が取り組んでいる日本の古代のことにしても同じなのだが、圧倒的多数の人たちは、現代の現象を追いかけることが現代および未来を考えることだと思ってしまっている。

 日本とは何なのか? 日本人とはどういう特性があるのか? 歴史とは何なのか? という問題としっかりと向き合うことなく手を伸ばそうとする未来は、実は未来ではなく、現代の際限のない焼き直しにすぎないことがわかっていない。

 ファッションブランドメーカーが次々と新しいファッションを作っても、未来に向かって進んでいるわけではなく、同じ現代の価値観の中で、目先を変え続けているだけのこと。

 かつての表現者、とくに詩人は、預言者として、そうした現代の終焉と未来の到来を同時に告げる存在だった。そして、そうした預言を受け取る準備ができている表現者も多くいて、彼らは、本当の意味で新しい詩人の到来を待ち望み、だから、その登場において即時に反応でき、次々と異なる表現ジャンルで、連鎖が起きた。

 現代、言葉の力の低下もあり、詩人が、かつての預言者のような役割を果たすことは難しくなっているが、現代社会に新たに作り出された写真は、現代の預言的役割を果たす可能性がある。

 私は、21世紀に入ってから風の旅人を作り続けていた時、ずっとそう考えていたし、今でもその考えは変わらない。

 しかし、預言的役割を果たす可能性のあるものは、同時に、その時代の矛盾が凝縮したものとなる。

 たとえば2500年前、その時代の預言者であるソクラテスは、無知の知という言葉を表すが、その時代は、その言葉とは真逆のソフィスト(詭弁家)が跋扈する時代だった。

 歴史とはそういうものなのだ。

 現代の写真は、たとえばパパラッチなどが典型だが、人間の尊厳を著しく損なう暴力になるが、それは、人間の尊厳を貶める方向に働く力が、この時代に浸透していることの裏返しでもある。だって、パパラッチの仕事を面白おかしく喜ぶ人が多くなければ、そして、そこに便乗してお金儲けを企むメディアがなければ、パパラッチの活動は意味をなさないのだから。

 2003年に、鬼海弘雄さんの大判写真集「PERSONA」が出た時、ポーランドの映画監督のアンジェイ・ワイダや、種村季弘さんが寄稿している。

 種村季弘さんは、“二十世紀の日本の人文科学が世界に誇るべき「知の無限迷宮」の怪人”と評される人のようだが、それはともかく、鬼海さんの「PERSONA」に対して、「21世紀芸術の幕が切って落とされた」という言葉を添えている。

 実に鋭い批評の目であり、的確な言葉だ。預言者としての表現者が現れ、それに気づく人もいるという環境が、21世紀初頭には僅かながら残っていた。

 鬼海さんの写真は、上に述べたような、「表現のために対象を利用する写真」とは真逆である。

 つまり、そうした時代からの脱却を、鬼海さんの表現は、指し示していた。

 2020年10月に鬼海さんは癌で他界してしまい、私は個人的にもつながりが深かったので、鬼海さんがいない空白が心に重くのしかかるが、写真表現界においても、当時、鬼海さんは土門拳賞の審査員だったので、鬼海さんの不在の影響は非常に深刻だと思う。

 船尾さんの話に戻るが、船尾さんは、広大な満州の各地にかろうじて残っている100年近い前の壮大な建築物を、400ページにわたる分厚い本の中に、収めている。

 これは建築物のカタログでもないし、当然ながらスナップショットではない。事前の周到な調査を行い、思索を重ね、自分の足で対象を探し回り、出会った場所で三脚を立て、大きなカメラでブローニーフィルムを使い、建物の壁の傷にも深い意味を感じながら、丁寧に撮影していった。

 明治維新後の短期間のうちに猪突猛進で邁進していった日本人の異様な精神が、「満州」という場所に凝縮している。満州は、単なる植民地でなく、島国の日本が、アメリカなどの列強と対等になろうとして、なれると信じて、大陸の中に築き上げようとした正真正銘の国家だった。その青写真を、短い期間のあいだに、これだけ形にできてしまうことが驚きであり、国民の意識を一方向に導けば、私たち個人の想像には及ばない大事業ができてしまう。

 そして、その分、悲劇性も、個人の想像が及ばないものとなる。

 人間の歴史を、個人の想像の枠内におさめることは、とても難しいが、だからといって、その努力をせずに未来を考えているなどというのは、欺瞞にすぎない。

 もしも、船尾さんが、これらの満州の建造物を、自己表現のための材料にしてしまうと、人間の歴史の記録が歪められる。

 写真の切り取り方の面白さとか迫り方の独特さとか現代人の無聊の慰めのための操作で人気を得ることと、まもなく地上から消えてしまうだろう建造物について、100年後の人たちに歴史の記憶として送り届けることの、どちらに価値を置くかの問題だ。

 過去から現在に至るまで、歴史に残る表現というのは、その時代に人気だった表現ではない。どちらかといえば、その時代には理解されなかった。しかし、後の時代に評価されているのは、その表現が、歴史をつなぐ役割を果たしているからだ。

 本当は、土門拳賞などは、そうした希少な預言的表現を発見する場であってほしい。

 現在、写真は誰でも手軽に撮れる。誰でも撮れる写真の中で、上手とか、独特とか、斬新が競われ、その競争のなかで少し勝っている人が、もてはやされ、目標にされ、なかにはアイドル的になったりする。

 しかし、その種のものは、10年、20年も立てば、色褪せるどころか、記憶にまったく残らないものになる。

 写真表現は、百花繚乱かもしれないが、写真表現の歴史的意義は地盤沈下し続けている。

 写真の価値や意義を、消費経済のなかに求める人たちがいることは、その経済の中で食べて生きている人も大勢いるわけだから、社会の現状として、やむを得ないところもある。

 しかし、写真の歴史的意義に向き合う場がなくなっていくと、写真は、ますます、歴史的意義のない表現になっていくだろう。

 賞の受賞を写真界の成功の証とすることはくだらない考えだけれど、賞は、これから表現を目指す人たちの羅針盤にもなりうるもので、だからこそ、その羅針盤が、歴史的意義に対して目が曇ったものであると、これからの表現の方向性も、当然ながら歪んだものになっていく。

 行くところまで行かないと人間は気づかない。それもまた人間の歴史ということが、反省もなく繰り返されているだけかもしれない。

 

__________________________________________________________________

ピンホール写真とともに旅して探る日本古代のコスモロジー

Sacred world 日本の古層Vol.1からVol.3、ホームページで販売中。

http://www.kazetabi.jp/

_____________________________________________________________