第930回 一方向からの情報だけでなく

 ロシアのプーチン大統領が、主要20カ国、地域首脳会議後の記者会見で、過激派組織ISに資金を提供している40カ国の存在と、その中にG20の国が含まれていることを、ほのめかした。
 パリのテロと、その前日にベイルートで起きたテロは、どちらも深刻な被害が出たが、情報の伝えられ方には天と地ほどの差があり、ベイルートのテロがどういう意味を持つのか、西側諸国のメディアからは、さっぱり伝わらない。
 ベイルートのテロは、ISによって、レバノンシーア派勢力のヒズボラが狙われた。ヒズボラは、同じシーア派のアサド政権の味方で、だからスンニ派のISの敵だということになっているが、ヒズボラは、イスラエルとも激しい戦いを繰り返してきた。敵の敵は味方ということで、プーチンがほのめかしたISに資金を供給している国の一つがイスラエルであっても何も不思議でない。(以前に、ロシアのプーチンの側近が、イスラエル諜報機関モサドとISの関係について非難しているが・・)
 そして、イスラエルが建国して以来、中近東のイスラエルの動きには、アメリカも無縁ではない。
 最近、ロシアの立場が、とても興味深い。ソビエトの時は、西側諸国と完全に対立していたので、ソビエトがISに資金提供している国のことをちらつかせても、陰謀だと決めつけて無視されただろう。しかし、現在のロシアは、西側諸国と関係ができているので、こういう発言を無視することができなくなっている。
 CIAの情報を暴露して米国に追われていたスノーデンを保護したのもロシアだった。
 預言的な分析と洞察で知られる歴史学者エマニュエル・トッドが、現在の世界情勢の中でロシアが果たせる役割について言及していたが、ヨーロッパや日本と関係が深くなっているロシアの動きは、アメリカ主導の世界を揺さぶるものだからアメリカが色々な方法で妨害をするのは当然だが、広大な国土と、大勢のハイレベルな科学者たちを擁する十分な人口(1億4400万)、エネルギー自給、そして核兵器を所有することで、アメリカだけに都合の良い国際情勢を許さない力になり得る。
 トッドは、西洋社会は、自分達の一体感を保つために”ロシアの粗探し”をしてロシア脅威論を吹聴していると言う。
 プーチン大統領は、色々な悪口を言われてきたが、2000年からずいぶんと長いあいだロシアを率いて、経済を立て直し、ロシア社会から高い支持と評価を受けている。国内総生産は増大、貧困は激減、平均月給も著しく上昇し、出生率は上昇し、乳児死亡率が低下している。
 トッドの言葉によれば、ロシア人にとって、今、ロシア人であることは、強くて安心させてくれるひとつのナショナルな集団に属することであり、心の中でよりよい将来に自己投影する可能性なのだ。西側諸国が常に将来に対して不安に駆られ、出生率も低下し続けるのに対して、未来に対してポジティブであるというのは、それだけでも健全だ。
 もちろん、どこの国でもそうであるように、国内には色々な問題を抱えているし、対外的にも、色々な駆け引きがある。
 しかし、ロシアというもう一つの軸ができて、その軸がかつてのソ連のように完全に敵対する相手ではない場合、そこから出てくる情報は、大きな意味を持つ。これまで、イギリス、フランス、アメリカなどは、実際に背後ではどんなに極悪なことをやっていても、自分達に都合良く情報操作ができていて、操作された情報、善なるイメージ、正義の行動を、西側諸国の人々の心にすり込んできた。
 極端な話、中近東で起きる様々な問題は、”遅れた国の連中が馬鹿で野蛮なことをやっているというイメージ”が作られているが、実際には、宗主国であったイギリスやフランスと、イスラエルイスラエルと一心同体のアメリカが、自分達の都合の良いように世界を導くために、かつての植民地時代から違う形で、色々な手を打っている可能性もある。
 実際にどうかはわからないが、少なくても、違う角度からの情報にも耳を傾けることができるようになれば、世界を見る眼も変わってくるだろう。何が正しいのかわからないが、ステレオタイプの解説で伝えられるニュースの在り方を疑うということが、いかがわしい動きの背後や、次に起こることを読み取ることにつながってくるのだろうと思う。
 NHKには期待できないが、せっかくの情報を伝えているこの朝日の記事も、まあこういう言い方しかできないのはしかたないな(「国家が直接支援しているというよりは、ISの資金源とされる原油販売に関係している組織や、ISの主張に共鳴する支援者がいるとされるシリアの周辺国を念頭に置いているとみられる。」という書き方)、でも、こういう中途半端な言い回しの裏を読み取らなくてはならないな、という気持ちになる。


http://www.asahi.com/articles/ASHCK219BHCKUHBI00B.html




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