第1398回 この時代における写真家の存在意義


昨日、私が選考委員をつとめさせていただいている笹本恒子賞の受賞式が行われ、久しぶりに、受賞者の高橋宣之さんにお会いしました。

 今回の受賞に合わせて、アイデムフォトギャラリー「シリウス」(東京都新宿区新宿1-4-10 アイデム本社ビル2 F)において、12/21から12/27まで写真展が開催されます。会期中は、高橋さんも在廊する予定のようです。

 高橋さんの作品は、風の旅人の第31号(2008年3月発行)で、20ページほどで特集しました。

 高橋さんは、高知県仁淀川流域の撮影を30年にわたって撮影し続けていますが、私が風の旅人で取り上げた時は、仁淀ブルーで有名な仁淀川という川に集中特化していて、もはや一つの河というイメージを超えて、森羅万象世界がそこに展開されているという印象を受けました。

 あれからさらに15年、高橋さんは、撮影範囲を広げ、仁淀川流域の人々の暮らし、信仰なども撮り続けてこられ、その仕事は、川を中心にした森羅万象と人間という壮大なテーマへと結晶化しています。

 今では誰でも手軽に写真を撮れる時代で、通りすがりに、日本で一番透明度が高いと言われる仁淀川ブルーの写真を撮ったことがある人も多いでしょう。私もその一人です。

 そうした状況のなか、写真家の存在意義というのは、誰でも撮れるような表層的な写真を撮るところにはなく、高橋さんが取り組んでこられたように、たとえば仁淀川という一つの川を、普遍的で根元的な宇宙の様相として示すための時間と情熱とエネルギーの掛け方が重要になってくると思います。

 高橋さんは、高知県から離れず、撮影を続けてきましたが、各都道県に高橋さんのような仕事を続けている人が10人ずつくらいいれば、日本の地方の魅力を、巷に流通している観光誘致的なイメージとは異なる深い視点で、伝えることが可能になるでしょう。

 京都にやってきた外国人が、web上で見た京都のイメージとまったく違うと不満を訴えているそうですが、今では人工知能で誰でも簡単にビジュアル操作して、カッコいい写真を作ることはできますが、そういう虚飾の美ではなく、真の美しさとは何なのかを伝える写真は、とても貴重です。

 以下は、今回の受賞における私の選評の言葉です。

 高知のNHKが取材に来ておられ、地元写真家の受賞ということで、テレビでも紹介があるそうで、受賞理由のインタビューを、少し話させていただきました。

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(選評の言葉 佐伯剛)

 笹本恒子写真賞は、一人の写真家の過去から現在に至る連続的な活動に対して贈られるもので、写真家が存在していることの意義を、強く感じられる活動を継続して いる写真家こそ、この賞にふさわしいと思います。

 今回、受賞者に選ばれた高橋宣之さんは、高知の仁淀川という限定的な地域を数十年にわたって撮影してきましたが、宇宙の構造においてミクロがマクロの相似形であるように、彼が撮り続けた仁淀川の水系世界は、森羅万象の普遍性に到達しており、私たちが生きている世界のかけがえのなさを伝えます。

 そして、自然風土と、生命や人間の精神世界のつながりの深さを再認識させるそれらの写真は、高性能カメラのシャッターを押しさえすれば誰でも撮れるありきたりのものではないし、加工ソフトで簡単に捏造できる世界でもありません。

 高橋さんの写真は、テーマの深さ、試行錯誤の厚み、邂逅の瞬間を待つまでの気の遠くなるような時間など、世の中のどの分野においても革新性と卓越性を達成するためには必須の取り組み方によって成し遂げられた表現世界であり、写真家の存在意義が危うくなっている現代において、一つのメルクマールになってくるでしょう。

 もはや、テクニックや目の付け所のセンスで写真の優劣を競い合うのは素人とプロの境界のないSNSの中だけで十分です。絵や音楽と違って、誰もがすぐに表現活動に参加できる写真分野において、写真家を志す人の哲学や眼差しに奥行きや深さがなくなっていくことが、即、写真表現の衰退につながっ ていくでしょう。

 また、日本という国を知るうえでも、地方に関する知識は、観光情報など人口密集の都市世界の目で都合よく編集されたものばかりが流布し、日本の真の姿が見えにくくなっています。

 対象に真摯に向き合わない通りすがりの目では見えないものの中に、いのちの本質に関わる大事なものが隠れています。それを見い出し顕現化することが写真家のミッションだと信じる高橋さんのような取り組 み方が増えると、日本人の日本に対する認識、そして自分が生きている環境世界に対する認識も、少しずつ深まってゆくかもしれません。

 

 

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始原のコスモロジー 日本の古層Vol.4の納品日が決まりました。

12月15日(金)です。

現在、ホームページで、お申し込みの受付を行っています。

本の発行に合わせて、12月16日(土)、17日(日)、東京の事務所で、第13回目のワークショップ セミナーを行います。

 

 

www.kazetabi.jp

また、本の発行に合わせて、12月16日(土)、17日(日)、東京にて、ワークショップセミナーを行います。こちらも、詳しくは、ホームページにて。