第1428回 ”いのち”のさだめと、もののあはれ。

 

今年の京都の桜の開花は、ウェザーマップによると平年より早く、3月21日に開花、3月30日に満開になると予想されているが、そのタイミングとなる3月30日(土)と31日(日)に、京都でワークショップセミナーを開催します。

 当日は、嵐山の渡月橋あたりに集合して、桂川沿いに松尾大社方向へと歩いて20分くらいのところの私の事務所に向かいます。 

 嵐山の桜見物は、渡月橋を渡って嵯峨野方面へと人が流れていき、あちら側は大混雑。渡月橋から松尾大社方面も、桜が美しいのに、なぜか観光客がほとんどおらず、のんびりと桜を愛でることができます。

 2月に東京で行ったワークショップから、映像素材に、カラーのピンホール写真を使っている。

 これまでモノクロのピンホール写真を使っていた。

 モノクロのピンホール写真には霊性が写るが、カラーのピンホール写真の方が、「いのち」が写るような気がしている。

 霊性って、揺るがない確かさがあるけれど、いのちは、艶かしさと儚さがある。

 今年、制作する本のテーマは、「もののあはれ源流を辿る」。

 もののあはれは、現在、大河ドラマでやっている紫式部の「源氏物語」が、文学作品として、その極点にあった。

 源氏物語には多くの女性が登場する。そのなかで、怨霊となって現れる六条御息所はモノクロ画像の方が説得力があるが、夕顔や紫上や玉鬘や秋好中宮など他の女性には、それぞれカラーのイメージがある。

 モノクロピンホール写真は、「物・もの・霊」といった気配を強く醸し出し、とても抽象的で神話的世界だと思うのだけれど、カラーピンホール写真は、霊性よりも物質性や身体性に通じるものが感じられる。

 私が取材で訪れる日本各地で拾ってくる石ころにも、「色」がついている。それらをモノクロで撮ると、岩石という質感と気配を強く伝えてくるのだけれど、緑色変成岩の緑とか花崗岩の白とか辰砂の赤が、古代人の心を引きつけたのは、それらの色に「いのち」を感じたからだろうと思う。

 いのちの領域にあるからこそ、”あはれ”が感じられる。 

 霊性という永遠の領域から、”いのち”という定めの領域へ。

 色即是空。目に見えるものの色は、不変なる実体ではなく、因果によって生成し、刻々と変化し続けるが、その因果がなければ消え去ってしまう。

 そうした”いのち”の定めに、あはれの美を見出したのが、源氏物語をはじめとするいにしえの日本の文化だった。

ーーーーーーー

 

 3月30日(土)、31日(日)に、京都で開催するワークショップセミナーの詳細と、お申し込みは、ホームページにてご案内しております。

 また新刊の「始原のコスモロジー」は、ホームページで、お申し込みを受け付けています。

  https://www.kazetabi.jp/

 

www.kazetabi.jp