今日の社会と雑誌

 これまで4年近く「風の旅人」を出してきて、読者の輪郭が何となく見えてきた。

 年齢に関係なく、男女の違いもない。ある種の感受性のベクトルのようなもので共通点があるように感じている。

 雑誌には、幾つかの種類があると思うが、大雑把に分けると、1.週刊誌のように社会的な話題などを、興味深げに紹介したもの。2.ファッション誌のように物品購入の指針を示すもの。3.週刊朝日百科のシリーズ物のように、知的関心も含めた趣味的情報を整理したもの。4.ビジネス誌や文芸誌や芸術誌のように業界人およびその潜在層が、業界の動向をウオッチするもの。5.料理や住宅など生活の快適のための工夫を紹介したもの。 などがあると思う。

 そして、1のように、どれを見てもあまり差がないものは、とにかく安い方がよく、どんどんフリーペーパーになっている。また、趣味的な世界に特化したものは、趣味にお金をかけるのが惜しくない人たちが相手であるが、その趣味の志向はどんどん細分化し、読者層も細分化している。

 風の旅人は、3の「知的関心も含めた趣味的情報を整理したもの」に近いように思われることもあるが、私のなかでは違っているし、たぶん読者も違うのではないかと思う。

 断定できないが、3の読者は、今日の社会が整えている枠組みのなかで安定した生活をしながら、息抜きや自らの充実のために、お金を使う人なのではないかと思う。

 この層は、実は、ユーラシア旅行社の顧客であり、ユーラシア旅行社の顧客と「風の旅人」の読者層は、完全に一致しないことがわかっている。もちろん有り難いことに重なっている人もいるが、その比率は半分に満たない。

 それで、「風の旅人」の読者の多くに、フリーターや学生が多いということがわかった。また、昨日のエントリーにコメントをいただいたJOJIさんのように、何かに本気で打ち込んでいるのだが、それで食べていくのは大変だという状態の人たち。つまり、今日の社会が整えている枠組みの生活を指向せず、軋轢を感じながら、それでも何とか自分が思い描く世界を手繰り寄せようと奮闘している人たちが多くいるようなのだ。

 そして、この人たちは、3の人たちに比べて社会的に安定していないから、金銭的にも余裕があまりない。

 3の人たちが対象なら、しっかりと内容のあるものを、それなりの値段で販売すればいい。しかし、どうやらそうではない「風の旅人」の読者の多くは、数百円というのが、実はとても大きいのかもしれない。そして、潜在的にそういう人たちは、実際にはとても多いのかもしれない。

 今日の社会は、あたりまえであるが、社会的に安定した人たちに牛耳られており、その人たちの発言力が強く、テレビをはじめとするメディアも、その人たちの価値観に添った情報伝達がなされる。

 現状の価値観が否定されると、現状の価値観のうえに築き上げた自分たちの拠り所も危うくなる。だから、現状の価値観に媚びながら、無難なところで刺激を出し入れする。

 それが結果としてJOJIさんの言うように、

「自分がすごくいいと思う映画が興行的に振るわずすぐ打ち切りになってしまう悔しさや、ドラマの延長のようなどうでもいい映画に人が並んでいる」という現象が起きてしまうのではないかと思う。

 私は、現状の価値観を否定するとか、アウトサイダー的な立場で何かをしようとしているわけではないが、心では大して面白くもないと感じるものを、いろいろ注釈つけて、「こういうものが今風に面白いのだ」という風に擦り込んでいくようなやり方は嫌いだ。あと、「現実はこうなっている」といった類の状況説明的なことも嫌いだ。「頭」だけであれこれ操作するようなことは、けっきょく何かが根本的に抜け落ちていると感じてしまう。

 よけいな先入観を捨て、専門家と称する人の胡散臭い解説など無視し、現実がどうのこうのといった雑念も捨て、いま自分の目の前にある事物や事象について、自分がどう思い感じるのか、ということを徹底していくこと。それは普通に考えれば自然なことの筈なのに、今日の社会においてそれを実践していくのは、実はなかなか難しい。

 難しいからそうしないようにするのか、難しくても何かで自分を下支えをしながら、そのスタンスを続けるのか。自分を拠り所にして生きていこうと願うならば、たとえそれが難しくても、そうしなければならないのだろう。

 「風の旅人」は、他人とか会社組織とか社会とか国家ではなく、自分を拠り所にして生きていくための、魂のストレッチのようなものだと私は思っている。

 そして「風の旅人」もまた、社会的に安定していない。安定していないからといって、今風の価値観に拠り所を置くくらいなら、他にそういうものは色々あるので、辞めた方がいいだろう。

 この雑音の多い社会でも、なんとか自分を拠り所としながらやっていくために、「風の旅人」の内容と価格と読者の金銭感覚やニーズにおけるバランスの最善のところを目指し、時には、バランスを損なわない程度に企業とも協力関係を結び、必要とあれば、変えるべきところは変えていかなければならないと思う。


風の旅人 (Vol.22(2006))

風の旅人 (Vol.22(2006))

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