表現は、認識に働きかける栄養分

「価値観が違う」という言い方がよくされるけれど、価値観ではなく、「認識が違う」という言い方をした方がわかりやすい。
 価値観という言い方をすると、同質のもののあいだの比較というふうに聞こえてしまう。認識の違いならば、そこに質(幅とか深さ)が関わってくる。
 毎日のようにファストフードで軽く食事をすませる習慣の人と、少々、面倒でも手間暇かけて食事を作ることを心がけている人は、価値観が違うというよりは、認識が違っている。
 栄養のバランスを考えるかどうか、食材の買い物や料理を通して季節を感じるかどうかは、価値観ではなく、生きることや、世界と自分との関わりに対する認識の違いではないか。そして、認識の低さは、想像力の弱さでもあり、それは自分の未来に対する危機意識の弱さにもつながっている。人間に限らず、自分の未来に対する危機意識の減退は、生命力の減退とイコールだ。
 価値観の違いと言ってしまうと、単なる好き嫌いの問題のように聞こえてしまうが、実際は、認識の違いであり、想像力の違いであり、ひいては生命力の違いである。
 だいぶ前のことだが、ポートフォリオレビューに来た女性が、私の部屋に飾ってあるセバスチャンサルガドのポスターを見るなり、「私は、サルガドとは種類の違う写真家です」と言ったので、驚いた。
 一種の自己防衛で、写真を私に見せる前に、「サルガドは、世界の様々な地域に足を運んで撮っている写真家、それに対して、私は家の周りの風景を撮っている写真家であり、両者は種類が違う、つまり価値観の違う写真家であるので、同じ土俵で見比べないで欲しい」という牽制球なのだ。
 その人は、何を被写体に選ぶか価値観の問題と主張したいのかもしれないが、真実はそんなに単純ではない。
 その人は、自分の家の周りで自分が気に入ったものを写真に撮っている。その人は、世界を、自分の好き嫌いの二つに分断して見ている。自分が好きか嫌いか、自分が共感できるかそうでないか、自分が納得できるかできないか、自分がわかるかわからないか、自分が興味を持てるか持てないか、自分に好意を持ってくれるかそうでないか、自分の仲間かそうでないか・・・。
 そういう認識だから、自分と、それ以外を常に比較して、優越感(充足感)に浸ったり、劣等感(欠如感)に陥ったりする。自分が勝てそうな相手だと、ちょっと高飛車になり、自分が負けそうだと、言い訳を用意しておく。生きているかぎり生命力はあるので、とりあえず、そういう生体反応はするのだけれど、どうにも不安定で危うい反応になる。その人の写真もまた不安定で、短期的に他者の共感を呼ぶことがあっても長続きしない。その共感も、同じような世界認識を持っているために不安定に陥っている人が、「この感覚、自分にもわかる!」と同調することによって生じるものであり、その人の不安定を根本から修正してくれる表現ではない。
 サルガドは、世界というものが自分の好き嫌いで決まるほど自分に都合がいいものだと微塵も考えておらず、自分を超えた大いなる何ものかが世界を作り上げていると確信(認識)しているだろうと思う。だから、その大いなる何ものかと邂逅するために、行動範囲が広くなり、大いなる何ものかが少しでも顕現する瞬間を苦もなく待ち続け、その千載一遇の機会を逃さないように集中し続けることができる。
 そういう世界認識を持っている人間は、世の中の表面的な現象に振り回されることはない。そして、未来に対する危機意識は強い。しっかりとした軸を持っていて安定しているが、状況変化への対応もできる。自分の計算から外れたことが生じても、世界は自分を超えたものだと予め承知しているので、パニックに陥ったり、ショックのあまり思考停止に陥るということがないからだ。それゆえ、安定的に、長期にわたっていい写真を撮り続けることができる。それは、生物として強い生命力を持っているということになる。
 そういう彼の世界認識が、彼の写真として現実化している。
 サルガドの写真が好きだとか嫌いだと言うことは簡単だが、そういう分別はあまり意味がなく、彼の強靭な生命力が、自分の生命力を少しでも刺激してくれるかどうかが大事だ。表現というのは、精神の食べ物というか世界認識に対する栄養素であり、世界認識が活性化すると、生命力も高まる。
 好き嫌いの範疇ででしか世界を認識しない人は、その認識が、その人の言葉や写真として現実化する。
 どちらが良いとか悪いの問題ではないが、一つだけ明確なのは、生命力が違っているということだ。
 生命力は、なぜかは知らぬが伝搬する。
 新鮮な食物を食べると力が漲るし、元気な人の傍にいると自分も元気になる。逆もまたしかりだ。
 そして、表現というものは、認識に働きかける力がある。
 認識を狭めて生命力を減退させていく表現よりも、認識を深めて生命力を活性化させる表現の方が、人間という生命体にとって大事な役割を担っていると、私は認識している。

 

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