第992回 1000年前よりも遥か以前と現代の紐帯になる源氏物語

 私は源氏物語の研究者でもなんでもないが、なぜかその私が、同志社大学源氏物語関係のイベントを企画しているので、最近、これまでよりも源氏物語を身近に引きつけて考える癖がついている。
 1,000年前に書かれた源氏物語は、欧米世界では近代小説の傑作として高く評価されている。

「文学において時として起こる奇跡のひとつによって、紫式部は、近代小説と呼べるものを創り出している。」タイムズ文芸付録
「登場人物の性格が繊細な筆致で描き出されているばかりでなく、様々の、もっとも洗練されたかたちの愛の情熱が、深い理解をもって表現されていた。ヨーロッパの小説がその誕生から300年にわたって徐々に得てきた特性のすべてが、すでにそこにあった。「戦争と平和」、「カラマーゾフの兄弟」、「パルムの僧院」、そして「失われた時を求めて」などと並んで、人類の天才が生み出した世界の12の名作のひとつに数えられることになるだろう。」 レイモンド・モーティマー

源氏物語」は、実に多彩な人物が登場し、実に多様な個人的な悩みが綴られている。一面では華麗で美しい物語かもしれないが、70%は、個人の悩みの描写で占められている。それぞれの 登場人物が、それぞれの体験の中で固有の悩みを持ち、深く考えている。そして、何も考えなければ悩む必要がないのに、考えることで悩みは深まる。それはまさに不安と虚無と孤独の実存的な悩みであり、我々と同じ近代の悩みだ。
 そして、源氏物語の主人公たちは、ただ悩むだけでなく、それぞれの方法で、自分の悩みと折り合いをつけていく。最終的には 出家という形をとるものが多いが、現実とどう向き合い、どう乗り越えていくのかという自問自答に、多くのページが割かれている。
 その中に、もののあはれ、侘び寂び、粋といった、鎌倉時代から江戸時代にかけて日本人が洗練させてきた精神文化の萌芽が感じられる。
 すなわち日本人は源氏物語以降、個人の実存的悩みを乗り越えるための方法を、近代ヨーロッパよりも長い1000もの年月をかけて洗練させてきた。そう捉えると、西欧的近代合理主義の問題を深く感じる欧米人が、日本文化に関心を寄せ、そこから何かを学び取ろ うとしている理由も腑に落ちる。
 源氏物語や、その後に続く日本文化は、過去の遺物ではなく、まさに現代、我々が直面している近代合理主義の問題を乗り越えるための豊かな知恵として、我々の傍に存在している。
 そして同時に、源氏物語は、1000年よりも遥か以前の古代日本人ともつながっている。
 村のそばにある美しい形をした山に登ると、磐座がある。明らかに男性器と女性器の形だと思われる巨大な岩があったりする。私たちはそれを原始宗教と片付けてしまう。しかし、そうした小高い山のてっぺんは、古代、歌垣の舞台だった。各地に残る風土記には、花の咲く頃や紅葉の季節に、郷里の男女が食事をもって山に登り、そこで宴を開き、楽しく歌舞いをすると書かれている。
 この歌垣は、男女の性的解放をともなった配偶者選びの場であり、それぞれの土地の神事、祭礼と結びついていた。
 祭の進行とともにその場が昂揚していくと、自然と舞いをともなう男女の恋の歌が交わされていった。そうした歌の掛け合いが盛り上がり、新しいカップルができるほど、その年は豊作になるという考えがあったと言われる。こうした歌垣で歌われた歌が、古事記や日本書記の中に「わざうた」として収められている。
 男が誘い歌で、女に、共寝を呼びかける。男の誘い歌に対して、女は、すぐに応じず、謎かけ歌を返して、いったんはねつける。そのように、相手の機知や器量を計るやりとりが続いたらしい。そうした歌の掛け合いは、出会いのためだけでなく、既存のカップルも、あえて皆の前で、行っていたようだ。センスを問われる娯楽でもあったのだろう。
 同時に、そばで聞いている老人たちも、その掛け合いにくわわり、「人生は短い、青春を無為にすごさず、積極的な恋愛をするように」とすすめたり、若者たちの教訓ともなるよう自らの失敗談を面白おかしく盛り込んで、笑いを誘っていた。年寄りの器量はユーモアのセンスに現れるのだ。
 小野小町が、「はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに」と詠んだのは、「源氏物語」よりも200年前で、さらにそれ以前から、時の無常を思う日本人の心は、ずっと続いていたのだ。
 古代においては、人間の寿命は今よりはずっと短く、病などによる死亡率も高かった。だから、共同体にとって人口減少の問題は深刻だった。時の尊さを説き、性愛を肯定的にとらえ、人間としての機知や器量が試されたのは、共同体が生き延びていくうえで、そうした思想が大事だったからだ。
 明治維新になるまで日本人は性愛に対して開放的だったし、病的な執着心よりも健全な無常観を尊んでいたし、自己顕示欲、自己承認欲のために蓄積される知識の量よりも、機知や器量で、人間の質がはかられていた。
 「源氏物語」の中でも、そういうものを兼ね備えた人が、洗練された人物として描かれて讃えられ、それと対比的な人物が、滑稽であったり、浅ましかったり、読んでいてやりきれなくなったり切なくなったりするように描かれている。
 そうした源氏物語の描写は、まさに、古代の歌垣の場で、人生経験豊富な老人が若者たちに説く内容と、若い男女が、お互いに相手の機知や器量を測りながら、お互いの距離を詰めていったり、見切ったりする内容と近しく、紫式部は、長大な小説の中に、その全てを多面的に、総合的に、微細に盛り込もうとしている。凄まじいまでの精神的エネルギーと洞察力と観察力と叡智をもって。欧米のインテリが、人類が作り出した傑作小説の一つに数え、川端康成本居宣長が、これを超えるものは日本に出ていないと語るのは当然だ。
 紫式部が描こうとしていた”洗練された人間像”、というのは、まさに、古代の歌垣から続いている価値観にそっている。そういう目で源氏物語を読む時、源氏物語を基点として前後の1000年間を貫く普遍的な人間的価値が、ゆらゆらと浮かびあがってくるように思う。
 紫式部が描き出した一人一人の個性、その異なる内面世界、微妙な心の駆け引き、社会的な面子や体面、社会の塵芥などにまみれて生きることの辛さからの脱出の願いなどは、明らかに、近代的自我を備えた人間が育て上げたものだ。そして紫式部は、そうした近代的自我の芽生え始めた人間世界の中に、古代から続く普遍的な人間的価値を織り込んでいる。
 時代を超える普遍的な芸術作品というのは、源氏物語に限らず、その時々の人間的様相と、過去から連綿と続いている普遍的価値が、見事なまでに縦横に織り成され、壮大で美しい布を作っている。