第997回 格安旅行の旅行会社の倒産の裏側


 東芝の1兆円近い負債のことで大騒ぎになったので、てるみくらぶという旅行会社の倒産で発生した150億円の負債は、一般の人にはとても小さくみえるだろう。
 そして、このことについて、「資本主義経済をとる以上、企業の倒産は避けられない。自由競争、規制緩和の号令の下で、企業はより厳しい競争にさらされている。競争する以上、結果的には、勝者と敗者は必然的に現れざるをえない。」などと擁護する人もいる。
 また、新聞などで、この旅行会社の倒産理由を、「格安旅行会社の過当競争などから収益は低調に推移。ハワイなどに設立した現地法人や国内の事業拠点の拡充などが資金負担になった」などと説明したり、「仕入れ環境の変化や、新聞広告のコスト負担」などと社長が説明しているが、本当のことは、たぶんそういうことではない。
 企業の倒産は珍しいことではないから、それほど大騒ぎする必要はないと思う人がいるかもしれないが、150億円の負債のうち100億円は、一般の旅行客からのお金なのだ。
 もしも、新聞広告などで詐欺的な広告を行って90,000人から100億円のお金を集め、ある日、その募集元が姿を消してしまったら、大騒ぎになるだろう。
 3月27日に破産の申請をしているが、その直前、3月21日付や23日付の全国紙朝刊の東京都内版に「現金一括入金キャンペーン」などとうたった新聞広告を掲載。複数のツアーを紹介し、現金で一括払いなどすれば代金が1%安くなると説明していた。
 お金を振り込んですぐに会社が無くなってしまった人もいるし、お金を振り込む直前に倒産の知らせを聞いた人もいる。一人平均10万円だから大金である。
 せっかくの休日、旅行を楽しみにしていたのに、旅行に行けなくなっただけでなく、10万円も奪われてしまったら、ショックは大きい。しかも、格安ツアーの旅行だから、お金に余裕がある人ではなく、コツコツとバイトをしてお金を貯めた若い人も大勢いただろう。なんともやりきれない気持ちになる。
 2016年9月の終了時点で、この会社が、旅行者から前受金として預かっているお金は70億円で、銀行からの借金は23億円、預金は14億だった。
 そこから半年後の2017年度3月末、銀行からの借入金は23億円から32億円に増加。一方で、旅行者からの前受け金は70億円から100億円に増加。にもかかわらず預金は2億円。
 https://www.travelvoice.jp/20170328-85867
 現金収入が39億円も増えた筈なのに、預金残高は12億円も減っている。年間売り上げが200億円ほどの会社なのに、この半年で、50億円もお金が消えているのだ。
 この会社の倒産を伝えるニュースで、このカラクリがきちんと説明されていない。新聞などが書くように、収益が低調に推移とか、国内の事業拠点の拡充で、半年で50億円も消えるのか!? 
 もちろん、この会社は、数年前から不正会計を行っていた。発生したコストをごまかし、実際には赤字なのに黒字に見せて銀行から借金がしやすいようにしていた。しかし、急激に負債が増えた理由は、それだけではない。
 急激に負債が増えた理由は、急激に負債が増える前の負債額も会社の規模の割に大きすぎて、まともな方法では資金繰りが追いつかなかったこと。まともでない方法で資金繰りを乗り切ろうとして、そのことがさらに膨大な負債を生み出した。
 まともでない方法は後で説明するとして、なぜこの会社が、会社の規模の割に大きすぎる負債を抱え込んでいたのか。
 その理由は、薄利多売なのに、直販ではなく、販売代理店を通しても旅行商品を売っていたこと。販売代理店に販売手数料を払わなければいけないので、最悪の場合、持ち出しになる。
 そして、毎年、累積赤字が増え続ける中で、一般航空会社の座席を確保して旅行商品を販売するだけでは借金の返済が難しいので、リスクのあるチャーター便を多数行っていた。
 http://www.travelvision.jp/news/detail.php?id=66689
 チャーター便というのは、利益の出る価格設定で空席がでないように集客できれば利益が多く出る。が、空席が多くても赤字になるし、集客のために低価格にしたり販売代理店に委託すると、利益も出なくなる。しっかりと運営しなければうまくいかないが、80人の社員で50人の新卒を採用するという、とても入れ替わりの激しい(短期間で辞めていく)会社で、それができていたとは思えない。チャーター便でも、大きな赤字を出していたことだろう。
 いずれにしろ、何万人もの旅行客をチャーター便だけで運営するのは不可能だから、当然、一般の航空会社の座席に頼らざるを得ない。
 そして、この会社の負債が、最終局面で急激に膨れ上がっていった最大の原因は、おそらく、その航空券代および旅行代金の設定である。
 てるみクラブは、倒産直近の2016年9月末で、195億円という過去最高の売上高をあげている。2017年に入ってからも、格安旅行の乱売で売上高は増大していただろう。現時点で90,000人のお客が申し込んでいたということだから、半年の取り扱いが、仮に300,000人とすれば、一人当たり、10,000円の赤字で、あっという間に30億円の赤字である。
 つまり航空会社からの仕入れ値が10万円なのに9万円で売ると、そういう結果になる。1万円の赤字が出るのがわかっているのに目先の9万円が欲しいために、そういうことをしたとしか思えない。
 なぜ目先の9万円が必要かというと、それがないと、数日後、出発する航空券をを発券できない。数日間、生き延びるために、数週間、数ヶ月先のお客を犠牲にするという延命を繰り返していたのだ。しかし、その数日間の延命行為は赤字で行っているのだから、繰り返せば繰り返すほど負債は増える。愚の骨頂である。
 はっきり言って、この会社の経営はメチャクチャである。
 まず、社員が80人に対して、今年の4月の新卒内定者が50人もいたそうだ。倒産直前、36、000件もの旅行予約数があり、それを80人で対応するのは、気違いじみている。ありえない。おそらく、数年前から資金繰りが苦しくなり、目先のお金が欲しいために損を覚悟で旅行商品を格安で売って莫大な前受金を集めていた。そうすると、旅行客の人数も増えるから社員は猛烈に忙しくなる。しかも、目先の現金欲しさに、社員は、ほぼ毎日、旅行客に入金を促す電話をさせられていたのではないか。だから、大勢の社員が次々と辞めているはずだ。その穴埋めに、50人の新卒に内定を出した。
 旅行業というのは低収益産業の代表であり、年間の経常利益が3億円もあれば、優良企業なのだ。旅行会社の経常利益率は、異様に低い。JTBですら1%に行くか行かないかだ。
 なので、売上高とさほど変わらない負債を返済するには、毎年JTBなりの利益率でも100年かかるわけで、100%不可能である。
 それにしても、社員が100人ほどの会社で、工場などの設備投資をする必要もない旅行業で、売上高とさほど変わらない150億円もの負債を抱えるのは異様だ。
 社員100人ほどで、しかも若い社員が多いから、社長が何億もの給与をとってないかぎり、人件費は年間、5億はいかないだろう。
 100人の社員が働くスペースの家賃も、年間5億はいかない。仮に新聞広告を派手にやったところで、毎週全面広告を打っても、5億円はいかない。固定費は、年間15億円くらいじゃないか。
 とすると、ずっとこの規模の会社だったとしても、10万円で仕入れた航空券を10万円で売るという利益がでないやり方で、10年間続けて、借金が150億円になる。
 この会社は、格安旅行を売るために、ほとんど原価で販売を続けていたのだろう。そして、借金が次第に増えていった。借金が増えても、旅行代金は旅行の出発前に受け取れるので、そのお金で何とか会社をまわしていた。しかし、借金の額が増えすぎて、運転資金に事欠くようなり、そこからは、上に述べたように赤字を覚悟で旅行商品を乱売して、目先のお金を得ようとした。すると負債はさらに急激に増える。後半になればなるほど負債が異様に膨れ上がったのは、そのためだ。
 そして、その膨れ上がった負債は、銀行からの借金ではなく、旅行を楽しみにしていた人たちからむしり取ったものである。
 もしも、2016年9月の時点で倒産していれば、旅行者からの預かり金は70億円で、この会社の銀行預金は14億円だったから、10万円払った人は2万円くらいは戻ってきた。(企業倒産では、銀行や法人よりも一般人への返済が優先される)。
 もちろん、それでも十分ではないが、それから半年が経って、旅行者からの預かり金は100億円に膨れ上がったのに、この会社の預金は2億円。
 被害を受ける人のトータルの損害額は半年で1.5倍になり、そして返金は一銭もないという最悪の状態になった。
 航空券やホテルの仕入れ値は、旅行会社のあいだでそんなに大きな差はない。座席数や部屋数は限られているから、航空会社やホテル側は、旅行会社によってそんなに大きな差はつけない。旅行業というのは、製造業や製造物を売るサービス業と違って、スケールメリットのない産業なのだ。
 だから、旅行会社で格安商品を販売しているところは、どこかで、かなり無理をしている。
 とりわけ、ネット検索で最安値の会社が表示されるようになっているので、価格勝負の旅行会社は、採算度外視の料金をつけなければ、集客ができない状況だ。
 今この時点でも、赤字覚悟の料金設定で、旅行者からの前受金を借金の返済にあてながら、かろうじて生き延びている旅行会社があるはずだ。
 航空会社やホテルからの仕入れ値がさほど変わらないのであれば、他社よりも代金が高いにもかかわらず販売できて利益をあげることができるのは、”質に対して信頼されている旅行会社”だけだ。実績とか、口コミとか、旅行業では数少ない上場企業とか、有名企業というだけで安心して申し込む人もいるだろう。
 そして、利益の出ない商品を売り続けるために、異様に安い賃金で働かせたり、長時間労働をさせている旅行会社もある。賃金を安く抑えるために、社員が数年で退職していく方がいいと考えている旅行会社もある。格安旅行を売るだけなら経験は関係ないからだ。てるみくらぶが、50人も新卒を採用していたのは、そういう理由だろう。80人の社員の会社なのに50人の新卒社員。しかも、その80人の社員は、薄利多売で猛烈に忙しいし、旅行者への入金の催促も大変だ。いったいどうやって人材教育ができるのだ。悲しいことに、企業の経営状態を調べようともせず、好きな旅行に関われるという理由だけで旅行会社への就職を希望する人たちが多いから、旅行会社は、あまり採用に苦労しない。だから、平気で社員の使い捨てができる。
 てるみくらぶを退職した人たちの声を拾っていけば、今、新聞で書かれているような単純な理由ではない本当の理由が、いろいろとわかってくるだろう。でも旅行会社で働いている人は、経営のことなど興味がないという人が多いので、経理に携わっていた人でないと、本当のことはわからないかもしれないが。
 いずれにしろ、重要なポイントは、この会社の最悪のところは、旅行者から預かっているだけのお金を、会社のお金のように錯覚して使いきってしまったことだ。
 会社の自己資本と銀行からの借り入れ金が底をついたところで、ギブアップすべきなのだ。それがいつの時点だったかは知らない。その時点で、旅行者に返金手続きをしたうえで破産を申請していれば、負債は銀行とか関連会社だけですんだ。旅行者からの預かり金を会社の運営費にしてしまったことが、一般の企業の倒産とは違う、より深刻な事態を引き起こしてしまったのだ。
 「企業の倒産はよくあるものです。」などと分け知った顔で語る人は、その違いがわかっていない。