第967回 ドナルド・トランプの勝利と、資本主義の曲がり角④

 ③から続く

 「ドナルド・トランプの勝利と、資本主義の曲がり角」というテーマでブログを書いてきて、昨日、そろそろまとめようと思って書き終えた途端、衝撃的なニュースが入ってきたので、まとめの前に続きを書かなければいけない。
 シリコンバレーのカリスマ、哲人+投資家・起業家であるピーター・ティールが、トランプの政権移行チームに入るのだという。
 まさに私がここ数日書いてきた「新しい製造業」「新しいアメリカ」を展開していくうえで、最も実践的な力になる人物が、トランプ政権に深く関わることになった。そういうことが起こるかもしれないと思っていたが、本当にそうなった。
 11月13日にも書いたように、アメリカ大統領には閣僚任命権があり、大統領に資金を提供したビジネス関連の人間を閣僚に任命できる。すると、そのビジネスは、国家の生存戦略の要として扱われ、より強固なものになっていく可能性がある。
 トランプは、ピーター・ティールを側近にした。「新しいアメリカ」の道筋をつけていくうえで、彼ほど面白い人物はいない。「新しいアメリカ」における彼の知識と経験と人脈は圧倒的だ。そして彼は、その分野において成功した起業家であり、莫大な資金を投入して結果を出している投資家でもあり、その分野の洞察力と実践力に優れている。さらに、自らが思い描く理想的な未来ビジョンがあり、机上の空論ではなく、実際に自分のお金を投じてリスクを負って形にしようとしている。安倍政権の取り巻き学者とは質とスケールが違う。そして彼の未来ビジョンの背景には、物事の本質を深く考え抜く彼ならではの哲学がある。彼は、シリコンバレーのカリスマだが、シリコンバレーの利益を代表するなどという矮小なミッションに興味がなく、もっと大きなミッションを抱いている。
 彼は、現在の、シリコンバレーにも多い、目先の金儲けと贅沢な遊びを成功の証と考えるようなチャラチャラしたアメリカを相手にしておらず、その先しか見ていない。
 彼は、ベンチャーキャピタル「ファウンダーズ・ファンド」を創立したが、そのスローガンは、「空飛ぶ車が欲しかったのに、手にしたのは140文字だった」だ。
 そして、「もし本気で長期的な人類の発展を望むなら、ただの140 文字や“永遠の15 分" を超えた未来について考えなければならない。」と述べている。
 140文字というのはツイッターのこと。永遠の15分というのは、アンディ・ウォーホールが1968年に語った「未来には、誰でも15分間は世界的な有名人になれるだろう」という言葉からもじったもの。
 ウォーホールは、情報の加速性を預言していた。当時、インターネットは存在していなかったが、メディアが、時代の「イコン」を作り出すことはわかっていた。すぐに飽きられるようなものでも、メディアの力で”有名”になってしまうが、すぐに忘れ去られる。インターネット時代になって、ますますその時間が短縮された。ユーチューブで一躍世界の有名人になってしまい、翌日には、違う人物のパフォーマンスが次々とシェアされる。
 つまり、ピーター・ティールが、ファンドのスローガンで言っているのは、テクノロジーの時代だと人々は信じているけれど、テクノロジーによって人類が手に入れたものは、SNSを通じた日常の見せ合いっこや、人の「いいね!」を数多く得たいだけのパフォーマンスを無料で簡単に見るツールを手に入れたこと。あわよくばそれで有名になろうなんて姑息な魂胆。そんなものを延長させた未来なんて、真っ平御免ということ。
 だから、彼は自らのファンドを通じて、そういうものには投資をしない。
 彼の投資における哲学は、彼自身が思い描く理想社会に近づけるためにお金を投じること。
 そんな彼は、トランプの側近になったからと言って、シリコンバレーの利益のために考えたり動いたりするはずがないし、自分の利益のためにそうすることもありえない。なぜなら、トランプもそうかもしれないが、ピーター・ティールは、平均的な投資家の逆張りみたいなことばかりしているが、それでも結果に結びつけて大金持ちなのだ。推定資産は2360億円とされているが、そういう金勘定は、彼には無意味だ。
 シリコンバレーの創業者たちの多くが理系で技術屋なのに対し、彼は文系であり、社会人第一歩は、法律事務所だった。アメリカ社会でとりあえずエリートの道を歩み始めた彼は、数ヶ月でやめてしまい、Paypalを生み出した。しかし、その革命的なシステムを、彼は、数年で売ってしまった。
 フェイスブックの可能性を誰よりも早く理解し投資し、フェイスブックを世界的な存在にした最大の貢献者である彼だが、上場時にフェイスブックの株のほとんどを売り払ってしまった。
 彼に関する伝説は、こんなところに書き連ねても意味がない。それこそネット上に溢れているので、すぐにわかる。
 そんなことよりも、今大事なのは、2014年長者番付けにおいて、ベンチャーキャピタリストの4位に君臨する投資家である彼の投資哲学だ。
 私が、この数日、「トランプの勝利後の世界」についてブログで書き続けてきた趣旨は、資本主義が製造業主体から金融業主体になったものの、その投資の仕方に問題があるということと、その投資の仕方が変われば世界が変わる可能性があるということだからだ。
 リバタリアン(完全自由主義者)であるピーター・ティールが、海上に独立国家をつくるために実際に投資して動いていることはよく知られているが、そういう奇想天外なものは一つのシンボルとして傍において、彼は、たとえば、大学で学ぶことなんか意味がないと大学教育を否定して、大学を中退して起業する若者を支援する基金を発足させたりしている。
 また、Paypalの共同創業者イーロン・マスクPaypalはイーロンマスクが創立した会社とピーターティールが創立した会社のライバル争いが転じて合併した会社)が、従来の産業の常識を破って革新的に展開する、電気自動車のテスラモーターズや、スペースX(かつては国家プロジェクトだったロケット開発を行い商業衛生市場で大きなシェアを獲得している)などを賞賛し、積極的に投資している。
 また、単なる新しい宿泊サービスとは言えず、新たな人間意識や人間関係を生む可能性のあるairbnb(私が4ヶ月実際に運営してそう感じた)にも投資している。そして、近年、大麻産業への投資を行っている。大麻についてはここでは書ききれないが、多くの人は、大麻=麻薬だと誤解している。
 大麻は、貴重な資源であり、人類は、長い間、この有用な植物を利用してきた。麻といえば一般の人のイメージではヨーロッパリネン(亜麻)だが、リネンは成長も遅く土地を荒れさせ、人々が天然であるからと愛好するコットンのように肥料や農薬も大量に必要で、環境を損なう。それに比べて大麻は、成長も早く、強いので農薬もいらない。人間の健康にも良い繊維だ。そして、医療用にもなり、近年では、育てるのが楽でバイオエネルギーを取り出すことができるため、「石油に代わる」などと、一部で注目を集めている万能の植物なのだ。
 ピーターティールが投資するのは、当然ながら合法の大麻産業。今後、米国を中心に、大麻が違法な扱いから、合法に管理されていく流れになるだろうと時代の先を読んでいる。
 また彼は、動物を殺さずに肉を培養したり皮革製品を作る方法を開発しているバイオテク企業、モダン・メドウに投資している。また、人工知能の研究専門のシンクタンク、マシーン・インテリジェンス研究所にも投資している。そこでは、人工知能が、機械自体が望む行動ではなく、人間が望むような行動をとることを保証しようと研究を続けている。
 つまり彼は、目先の金儲けや、消費者の無聊の慰めにしかならないようなテクノロジーにはあまり興味を持っていない。
 そんな彼は、「理想を言えば、我々が出資しなかったら日の目を見ないような事業、我々が資金を提供しなかったらほかのところからは決して資金を得られないような企業に投資したいと思っている」と語る。
 ただ、ソーシャルメディアに関しては、それらが直接、「我々の文明を次のレベルまで引き上げるものでないかもしれないが、だから必要ではないということではなく、もっと必要だと思う」という言い方をしている。つまり、ソーシャルメディアも、どう使うべきか考える必要があるということであり、私もそう思う。
 それはともかく、ピーターティールは、国家の存在を否定し、ゲイであることを宣言するなど共和党の政策とは相容れない完全自由主義者であるが、ほとんど全員が反トランプであったシリコンバレーのリーダー達のなかで、ただ一人、トランプの勝利を信じて、彼を支持していた。トランプが大統領になった方が、アメリカが変わる可能性があると読んでいたのだろう。自分の哲学に近いアメリカ(ハイテクと言いながら、おもちゃのようなものを作って浮かれていたり、マネーゲームに興じているアメリカではないアメリカ)になると考えているからだろう。
 ピーターティールは、シリコンバレーという異端世界の中のさらなる異端児なのだ。
 彼にとって、ドナルドランプの人柄や、共和党の政策と相容れないことなど、些細なことなのだろう。そんなことは、「140文字」や、「永遠の15分」の中の出来事に関心を持ったり、それらに一喜一憂するなど、そこに人生の価値があるかのような錯覚と同じレベルの話だからだ。
 彼の言葉によれば、それは、「テクノロジーと知性の停滞した現在のアメリカ」の現象の一部でしかない。
 現在、一斉を風靡するチマチマするテクノロジーは、科学と技術の進歩への信頼をもたらし人々を活気づけるものではなく、漠然とした悲観的な未来を伝染させ、増幅させるものでしかない。
 そうではなく、確実な未来をもたらすテクノロジーの開発と普及と、そのための投資。その結果としての国家の繁栄と、人々の幸福。それが、彼のアメリカンドリームなのだろう。
 今私がここで書いている内容は、ピーター・ティールを絶賛しているような記事になっているかもしれないが、あくまでも「アメリカにおける資本主義の曲がり角」における要に他の誰よりもなり得る彼が、トランプ政権に入ることの意味を考えるために書いている。
 彼は、老いることや死ぬことに対しても本気で抵抗し、そのためのお金も投じており、日本の思想風土の中で育ってきた私とは、根本的に世界観や人生観が異なるところもある。
 彼の「空飛ぶ車が欲しかったのに・・手に入れたのは140文字」というスローガンにも、アメリカ的な夢の形が現われていて、彼はそういう方向に向かって努力しているのだろうが、140文字に代わるものとして本当に欲しいものは空飛ぶ車なのか、それとも他の何かなのかと考えることが、彼とは異なる未来の形を探り始める最初の一歩になるだろう。

 グローバルスタンダードが終わりを告げようとしている今、アメリカにはアメリカ、日本には日本のやり方がある筈であり、日本は、「日本における資本主義の曲がり角」について、考えていかなければならない。
 ⑤に続く。


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