進化とは何か!??

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 高野山で陶芸活動を続ける友人から、高野山で志村ふくみさんの草木染めの実習と講演があると聞いて出かけた。

 草木染めの実習では、高野まき、樅、杉、うわみず桜、キハダなど高野山に生育する植物が使われて、美しい色が生み出されていたが、同じ植物を京都に持ち帰っても、同じ色は出ないそうだ。高野山の空気、水、霊気(志村さんはそう表現した)などが、色に影響を与えるらしい。
 友人の陶芸家は、高野山の山中、奥の院の裏側のかつては平家の落人村だった場所に登り窯を作って、高野山の樹木を薪にして、その樹木から生じる灰の釉薬による自然作用で焼物を創造している。それらの焼物にも、高野山の空気や霊気や様々な力が反映されていることは間違いなく、私は、毎日の食卓で愛用し、目で見て、触れて、感じている。
 志村さんの草木染めの実習では、山藍という植物を目にした。
 山藍は、日本最古の染料植物で、摺り染めで緑色に染めることができるらしい。この山藍による染色は、古代より神事において羽織る小忌衣(おみごろも)に使用されていて、白絹か麻で作った布に、山藍の汁で、花、水草、蝶、鳥等の絵柄を摺り付けていた。残念ながら、山藍染めの技法は、とっくの昔に消滅してしまい、今では、山中で山藍が群生しているのを見かけても、無視されるようになっている。
 古代日本において、天皇即位の儀は漢朝の様式を用いたが、その後に行なう稲の収穫祭にあたる大嘗祭は、「外国のしきたりを一切まじえず、音楽、調度、装飾に至るまで日本固有のものとし、全て質朴、清楚を基調に定められた」と大宝律令(701)に記されているが、その時に使用される浄心の小忌衣も、蓼藍など異国の草ではなく、日本に天然自生する山藍を使用していた。
 それはともかく、小忌衣の「忌」という字は、死者の喪に服する時に使われるので、なんだか不吉で縁起が悪く厭なことに使われているように思っている人が多いが、もともとは、神聖なもの、不可侵なものに対する「畏れはばかる」心を示す文字だ。
 志村ふくみさんの話が、単に草木染めの技術的なポイントや、その楽しみに終始するはずがなく、高野山ということもあり、曼荼羅の話や、即身成仏の話にまで展開し、さらに現在、天皇の儀式で使用される神聖なる衣装が化学染料で染められていることに対する懸念から、現代の日本や世界が直面する深刻な事態に対する問題意識へと広がっていった。それらのことと草木染めがどう結びつくのか、論理付けは難しいが、志村さんの心の中では結びついていて、どうにかしてそのことを伝えようと藻掻いているようにも感じられた。 
 私は、高野山に行く直前に京都の建仁寺で行なった風天塾と、その二次会で、関野吉晴さんや京大の山極寿一さんや佐伯啓思さんと対話したことの余韻が微熱のように自分の中に残っていて、志村さんの話を聞きながら、大いにシンクロするものがあった。
 京大の総長になることが決まった山極さんは、大学の国際的な評価を高める云々といった政府や財界の要求に、どう対応するかという重責を担っている。山極さんは、ゴリラ研究を中心に霊長類学において世界をリードしている研究者だが、海外からの評価を気にしながら活動して、そうなったわけではない。あくまでも自分がやるべきことを地道にやり続けた結果、国際的な研究者になっただけだ。しかし、昨今の日本社会では、大学に限らず、国際貢献の義務が語られる場合なども、外国からどう評価されるかといった、”他人の目”を自己評価の基軸にする傾向が著しく強い。
 日本人は、子供の頃からそうした評価軸を強要され、外からの目を気にして、しかたなく努力するという癖がついてしまっている。
 志村ふくみさんは、高野山の講演のなかで、「染色は直感であり、その人自身がストレートに出るところに特長がある」と言っていた。同じ植物を使っていても、色を染め出している状況のなかで、それぞれが心に抱いた色を待っている。だから、これだ!と思うタイミングも違ってきて、決して同じ色にはならない。
 心に抱いているものが表に出る。それが草木染なのだ。その行為は、他人の価値観の中に縛られている自分を解放する瞬間でもある。それは、自分の心に責任を持つことでもある。
 志村さんは、染色において、自分の欲する色を染め出すことの楽しみに溺れているだけではいけない、自然からいただいた色から今度は自分が何を表現するのか、人間としての質が問われるのだと、厳しく言う。染色に限らず、どんな人間活動においても、心の在り方が外に現われる(心を偽って行動する場合も、心を偽れる心の在り方だということ)。
 志村さんも、人からどう評価されるかといった基準ではなく、自分自身がどうあるべきかという深い探索を続けてきた結果として、今年、国際的な賞である京都賞を受賞した。(志村さん自身は、この大きな賞の受賞に対して、そんなに喜びを表していない)
 自分を評価したり、裁くのは、自分自身なのだ。
 即身成仏というのは、人間がこの肉身のまま究極の悟りを開き、仏になることだが、(修行者が、厳しい修行の果てにミイラになる即身仏とは違う)成仏というのは、未練を残さない境地であり、人の評価を気にしているかぎり、その境地に到達することはない。
 忌という文字は、まさしく己の心である。己の心は、神聖で、畏れはばかるものなのだ。カミは、己の心にあるといっても差し支えないだろう。
 一神教の神は天におられる。アニミズムの神は、自然界の至るところにおられる。しかし、あくまでも己の心が、それを探り当てることで、そこに存在するものだ。カミを感じるかどうかは、己の心がけ次第なのだ。
 草木染めは、自然界の樹木などを殺して色をいただくのだと志村さんは言う。食物を食べるという行為もまた同じであり、生物を殺して命をいただく。
人間に限らず、どんな生物でも、そうした命の交換を行なうことで、自らを変容させ、生きて死んでいく。 
 稲の収穫祭にあたる大嘗祭で、山藍からいただいた色で染めた小忌衣を来て儀式を行なった人々は、自然からいただいたものを通じて生かされているという意識がとても高かったことだろう。
 この宇宙は、明らかに何らかの法則に従っている。しかし、人間社会の中で生きていると、社会通念や常識、組織のルール等の人間が作ったシステムしか見えなくなり、自分自身がそれに巻き込まれているのにそのことを自覚せず、それが世界の現実だと錯覚してしまう。実際には、それは仮の現実、幻影、マーヤにすぎないのに。
 人間が作り出したシステム以外の、宇宙の法則とどこかでつながっていると自覚することが、その幻影に縛られない方法だ。
 宇宙を支配する原理(ブラフマン)と、個人を支配する原理(アートマン)が同一であるとする梵我一如を知ることが、永遠の至福であり、その境地こそ即身成仏なのだろうが、これは決して宗教的に特別な境地なのではなく、”忌”という不可侵なものに対する畏れはばかる心をもとに、「モノ」と「自己」と「他者」の関係性を、自分自身の身体と意識で学んでいくことを続けていると、自然に至る境地なのではないかという気もする。
 しかし、現代社会の様々なシステムが、それを簡単にさせない。
 また、”畏れはばかる”あまり、自分に自信が持てず、人の評価ばかり気にしているという事情もあるかもしれない。
 とりわけ、同じシステムに巻き込まれている他人(メディアなどもそう)の評価を気にするあまり、そのシステムの中に、よりいっそう縛られていくという悪循環も至るところに見られる。
 現在、日本の至るところで行なわれようとしている様々な”改革”の主導者が、けっきょくのところ、他人からどう見られるかという呪縛から逃れられないかぎり、それらの改革も、仮の現実をなぞり続けるものにしかならなず、堂々巡りで、進化からはほど遠くなる。
 こうありたいと願う現実が、己の心に育まれないかぎり、己の織物は作り出せないし、その織物をどう改革すべきか、見当をつけることもできない。
 進化とは、己を改革する方向を、内発的に整えていく力を失っていない生物にのみ可能な変化なのだろうと思う。


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