普遍的な人間の姿

 風の旅人の第13号でニューヨークの写真を紹介した中藤毅彦さんと、第4

号で中国、第24号でキューバの写真を紹介した斉藤亮一さんの合同写真展が、広尾のエモンフォトギャラリーで開催されます。

 詳細→http://www.emoninc.com/test/exhibition/ajrepo.html

 6月25日から7月14日です。入場料無料

 以下、プレスリリース用に私が書いた文章です。

「普遍的な人間の姿」

 今回の展覧会で紹介されているのは、日本社会から遠く離れたロシアや東欧など旧共産圏の人々の何気ない日常である。

 かつての世界は、「正しい社会の在り方」を主張する二つの大きな勢力が対立していた。そして、1989年のベルリンの壁崩壊後、「共産主義」は否定され、「資本主義」こそが正しく優れているという気運が強まったが、その価値観の強要に対するイスラム原理主義などの反発によって、世界は相変わらず対立構造のなかにある。

 「資本主義」も「共産主義」も、それ以外の「正しさ」を主張する活動も、そこから少しズレているものを強引にねじふせることを正当化しようとする鈍感さと、悪意からではなく、自らの価値観への盲目的な信仰に基づいて行われるという点で共通している。

 この展覧会で写真を紹介している齊籐亮一さんと中藤毅彦さんは、年齢的に一回り違うし、育った環境も異なるが、ともに、時代や社会がつくり出すフォーマットとは別のところに立って人間の魅力を感じ、それを写真に反映させようとしている。世代を別にする表現者が、それぞれの視点で敢えて旧共産圏の人々を撮ることによって、思想・学説・制度の影響を超えて普遍的に存在する人間の姿が浮かびあがってくる。

 どんな環境であれ、人間の営みには、それが成立していることじたいの奇跡を強く感じさせる瞬間がある。その奇跡に出会う時、人間という存在のかけがえのなさを強く意識させられるとともに、自分が信じこんでいる価値観の偏狭さに気付かされることがある。齊籐さんと中藤さんは、その奇跡の瞬間を見事なまでに印画紙に焼き付ける。

 二人によって撮られた人物たちが素敵に輝いて見えるほどに、私たちは、自分が理解している価値基準の狭さと、時と場所に関係ない人間の魅力を思い知らされる。そして、人間の幸福が、特定の主義主張に収まらない奥行きと幅を持つことを再認識させられる。それとともに、そのように自分の価値観を強く揺さぶられることが、不安や不快ではなく、心が蘇生するような快感を伴うことに気付く。

 ”格差”を主な原因とする今日的な対立は、「優劣」や「正誤」や「善悪」など一面的な観念によって安易に解決できるものではないだろう。モノゴトを「簡単・便利」に切り捨てる合理的な対処ではなく、自分の目と身体で多層な世界をさまよいながら、時代や制度を超えた普遍的な人間の営みに出会い、そのかけがえのなさを知ることが何よりも大事ではないか。よりよく生きることの本質は、人間が長年繰り返してきた濃密なる日常を寸断したところにある筈がない。

 このたびの展覧会の写真たちは、寡黙ながらしっかりとした口ぶりで、そのことを伝えてくるように感じられる。


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