人間の分別を超えた世界を開示する大いなる遊び。

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 今日から6月1日まで銀座で広川泰士さんの写真展が開かれる。 http://rcc.recruit.co.jp/co/exhibition/co_tim_201205/co_tim_201205.html

「旅の途中〜」と題して、デビューの時から今日に至るまで様々な写真が展示される。私も、風の旅人の誌面で、広川さんの写真を数多く掲載してきた。タンカー事故で油まみれになった海岸に何度も何度も足を運びながら、8×10の大型カメラで継続的変化を撮り続けた写真。また、日本各地の不気味な国土開発風景を、同じく8×10で丁寧に撮り続けた写真。そうかと思えば、自分の仕事場のすぐ近くにある代々木公園から拾ってきた枯葉を、ベランダに特設したミニスタジオで、4×5のフィルムを使って撮り続けた写真。そして、ここに紹介している、世界各地の荒涼たる巨岩と星空を、8×10カメラで写し撮った写真。

 http://www.kazetabi.com/bn/04.html

 広川さんは、広告写真家としても日本トップクラスで、その技術は間違いなくピカ一で、様々なテーマを器用にこなしている写真家でもある。

 しかし、私にとって広川さんの魅力は、そうしたスマートな側面ではなく、むしろまったく正反対の愚直さと、普通の人から見ればナンセンスに思えるようなことに対する、本人なりの徹底的なこだわりぶりだ。

 たとえば、風の旅人の16号で掲載した重油まみれの海岸。1997年、日本海でロシアのタンカーが沈没した際、メディアは、こぞってタンカーの船主が漂着した福井県三国町に集中して大騒ぎをしたが、しばらくすると誰も関心を持たなくなってしまった。それに対して広川さんは、重油三国町だけではなく広範囲に広がっていたので能登半島の突端まで足をのばし、誰も注目していないけれど海岸一帯を重油が覆い尽くしている場所に大型カメラを設置し、定点観測で、1997年から2005年まで愚直に撮影し続けた。海岸から重油はすぐに消えて、やがて人間が作り出したゴミで海岸が覆われていく様が、とても印象的だった。

 風の旅人の第4号で掲載した巨岩と星にいたっては、広川さんは、12年という長い歳月をかけて、地球上の果てまで巨岩探しの旅を続けた。8×10の大型フィルムなので、一度の取材でシャッターを切るのは、せいぜい5、6枚。きめ細かな岩肌と、繊細な星の軌跡を再現するために、昼夜24時間かけて根気よくシャッターを開きっぱなしにするのだそうだ。その間、少しでもカメラが動いたら台無しなので、三脚を改良し、風が吹いてもビクともしないように重しを乗せる。機材の総重量は100kgを超え、それを担いで、山を超え、谷を超えて、絶好のポイントを探す。わざわざ地球の反対側のナミビアまで行っても、有名なナミブ砂漠に行くのではなく、巨岩と星だけを撮って帰ってくる。広告で稼いだお金を、そうしたクレイジーな遊びで蕩尽するのだ。せっかく世界の果てまで行っても、フィルムに何も写っていないということもある。また、モンゴルなどは夏至の時しかダメだろうと、わざわざ夏至を狙って行ったのに、山火事とか天候不順で、けっきょく3年間も通っている。自分の腕一本で稼いだお金で、誰にも迷惑をかけずに、星と岩を相手に遊び続ける広川さんは、スケールが大きい。親の財産で遊んでいる輩とは、スケールが違いすぎる。

 世間で標準化された価値判断の中しか知らない人からすれば、一体何の意味があるのかと問われそうな試み。こうしたことができる人にしか、人間の新たな可能性は拓けないし、世界の凄みも伝えられない。人間社会が作った価値基軸を超えられる人しか、人間を超えた世界の凄みもわからないのだ。

 そんな、野性のスピリットを維持し続けている広川さんだが、人間社会の中で働いている時は、きわめて誠実で秩序正しい。いざという時に大きなエネルギーを出せる人の日常は、静穏で、整っているのが自然なのだろう。巨大な津波にもなる力を秘めた、静かな凪のように。