1022回 いにしへの近江をめぐる。



九頭弁財天八大龍王

馬見岡綿向神社
昔を思い出すことが忘れていた今を思い出すことであるような、そういう想い出しかたがありそうな気がする。 西郷信綱『古代人と夢』 
 近江は、京都より古い歴史がある。高島や伊吹山周辺も記紀以前の史跡が数多くあるが、甲賀も興味深く、最近、続けて訪れている。甲賀から伊賀の道は、かつての東海道で、別名、杣街道と呼ばれた。杣とは、宮殿や寺院の造営や、それを維持する建築材を得るために設けられた山林のことで、古代の甲賀郡には、東大寺が経営する「甲賀杣」などの杣が集中して設けられていた。
それらの木材は、筏に組まれ、野洲川の水運を利用して各地に運ばれていた。
 小栗康平さんの映画『埋れ木』は、甲賀の高速道路建設現場で、飛鳥時代に伐採され、斧などで製材する途中の杉の巨木が地中から大量に発見された時のことが、インスピレーションの種になっている。
 古代において大いに賑わった甲賀の名残は、各地に残されている立派な神社を見るとわかる。創建がいつかわからないが、927年にまとめられた『延喜式』の神名帳に記載されているので、それ以前に建てられたことは間違いないという神社が、実にたくさんある。そして、それらの神社は、今も氏子さん達に大切にされ、とても美しく維持されている。
 甲賀を訪れると、国家ではなく、”くに”を単位にした人々の暮らしが、なんとなくであるが、偲ぶことができる。
 グローバリスムの潮流に乗るために、中央集権的国家が、それぞれの地域の特殊事情を無視した政策を強引に押し進め、その成果を数字で主張するが、そうした数値主義によって、仕事も暮らしも、つまらないものになっている。今の社会は、豊かであることを誇示し、そして華美に、大仰に、アピールしているものの、その内実はどうかというと、つまらないなあと感じるものが実に多い。
 つまらないということに対して、もう少し正直になれる人が増えるだけでも、社会は変わっていくような気がするのだけどね。
 昨日はあいにくの天気だったけれど、聖地は、雨に濡れることで、より味わい深くもなる。
 おそらく古代の祓いの場だったろう九頭弁財天八大龍王から、杣の中心地だと思われる新宮神社、甲賀で最も美しいと言われる油日神社、湖東地方最大の日野祭で賑わう馬見綿向神社、熊野神社竜王町の中心に鎮座し、古代の古墳群と隣接する苗村神社、喧嘩祭りと言われる”おおはら祇園祭で賑わう大鳥神社と訪れた。すぐ近くに、これだけ立派な神社が次々とあり、それぞれ別の”くに”の氏子さん達に崇敬され続けているのが興味深い。